「勝手にしやがれ」が最初に披露されたのは77年5月23日、「夜のヒットスタジオ」。現場でこの曲を聴いたディレクターは、初めて完璧だと感じた――。

写真=横木安良夫

 国連が国際婦人年を宣言した1975年の夏、暮れに時効を迎える3億円事件の犯人を沢田研二が演じた「悪魔のようなあいつ」がTBSで始まった。久世光彦プロデュース、長谷川和彦脚本のドラマの原作を手がけたのは、作詞家の阿久悠である。劇中、ジュリーが歌った「時の過ぎゆくままに」も、無論、阿久の詞だった。ドラマに先行して、上村一夫画で原作漫画が「ヤングレディ」に連載されており、ドラマ化決定を告知する号には、沢田と阿久の対談が掲載された。そこで作詞家は、3度、新聞や雑誌で熱烈なラブレターを書いたとスターに告げて、沢田との仕事に意欲を見せた。

 渡辺音楽出版の沢田の担当ディレクターだった木﨑賢治は、渡辺プロダクションの制作次長、池田道彦と共に「時の過ぎゆくままに」の誕生に立ち合っている。はじめに阿久が書いた詞はボツになり、次に書いた詞が採用されたという。木﨑は池田から二つの詞を見せられた。

「詳しくは覚えていませんが、阿久さんが最初に書いた詞はいわゆる歌の詞という感じでした。僕も2回目のほうがいいと思いました」

 ボツになったのは、恐らく、原作漫画の第6章、主人公・可門良がギターを弾いて歌う場面の「もしもあの時ナイフがあったなら」から始まる詞であろう。タイトルのないこの詞はその後2度漫画に登場して、我々が知る歌詞は7章以降最終回までの全話に挿入されている。

投影された久世の美学

「時の過ぎゆくままに」というタイトルは、久世と阿久が映画「カサブランカ」のテーマ曲、「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」の日本語訳をそのままいただいたものだ。35年生まれの久世は、沢田研二と内田裕也でドラマ「哀しきチェイサー」を撮った時も探偵事務所にハンフリー・ボガートのポスターを貼り、このジャズを流した。37年生まれの阿久は、後に沢田に「カサブランカ・ダンディ」で、♪ボギー ボギー あんたの時代はよかった♪と歌わせた。二人の世代には、ハードボイルドなイメージのボガートこそが男の美学の体現者であった。

 原作漫画とドラマの違いからして、あの歌詞には久世の美学が強く投影されたのだろう。演出家は自著に「時の過ぎゆくままに」をこう書く。

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source : 週刊文春 2022年4月21日号