(かどいよしのぶ 作家。1971(昭和46)年群馬県生まれ。同志社大学文学部卒業。2003年「キッドナッパーズ」でオール讀物推理小説新人賞を受賞しデビュー。著書に『屋根をかける人』『家康、江戸を建てる』などがある。直木賞受賞作『銀河鉄道の父』は映画化され、5月5日公開予定。)
僕の名前は、歴史好きだった父が付けました。自分の名前が「政喜(まさき)」だから「喜」の字をつけたくて、いろいろ考えたあげく、徳川幕府最後の将軍と同じ「慶喜」にしたらしい。父は僕に繰り返し名前の由来を語り聞かせて、「慶喜は立派な人なんだよ」と刷り込んでいました(笑)。1998年にNHKの大河ドラマの主人公になるまで、慶喜の知名度は高くなくて、学校の先生でも「ヨシキ」と読み間違えることがあるくらいだったんですけどね。
宮沢賢治の父を描き直木賞を受賞した『銀河鉄道の父』などで知られる作家の門井慶喜さんは、1971年、群馬県桐生市で、3人兄妹の長男として生まれた。桐生市の家のことは覚えていないという。
最初の家はまわりに何もない田舎にあったそうです。モノクロの写真が1枚残っていますが、家の外観は見切れていて、鯉のぼりしか写っていません。たぶん父が僕のために鯉のぼりを買ったとき、嬉しくて撮ったんでしょう。
桐生市の家には5歳くらいまで住んで、栃木県宇都宮市駒生(こまにゅう)町に引っ越しました。フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを建てたときに使ったことで有名になった、大谷石の産地です。それまで雇われ料理人だった父は、宇都宮でレストランや料亭、ケータリングなどの事業をおこなう会社を立ち上げました。
何十回、何百回と読んだ伝記漫画。いちばん好きだったのはナポレオンの話
宇都宮市の家は借家で、見た目はありふれた和洋折衷の文化住宅でした。父は非常にお酒が好きで、ほぼ毎晩酔っ払って帰ってくる。しかも頻繁にお客さんを連れてきて、家で飲みなおすので、狭い平屋なのにやたら人の出入りの多い家でした。
父は読書家でもあって、茶の間のテレビの後ろの書棚には、本や雑誌がたくさん並んでいました。特に良い場所に置いてあったのが月刊誌の『文藝春秋』と『歴史読本』のバックナンバーでした。その2誌の背表紙を見ながら育ったので、僕にとっては実家感のある雑誌です(笑)。
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source : 週刊文春 2023年5月4日・11日号