NHKは藤井聡太が好きだなあ。民放より素材(NHK杯や、『将棋フォーカス』みたいな昔からやってる将棋普及番組の蓄積)をいっぱい持ってる&NHKの力で藤井聡太単独インタビューもイケるし、藤井聡太がらみの『NHKスペシャル』はすでに4回? いや5回!

 といって安易な番組なわけではない。『クローズアップ現代』の将棋特集は掘りさげの浅さが気になるが、『NHKスペシャル』となるとさすがのスペシャルぶりで、インタビューはどこの名刹の書院か、というような美しい座敷でやってるし(2021年12月のNHKスペシャル『四冠誕生 藤井聡太 激闘200時間』の時にもよく似た座敷で藤井は語っていた。どこの寺なのか料亭なのかが気になる)、今まで見たことがない「藤井聡太が劣勢に陥り、扇をポトンと取り落とす」映像なんかが出てきて衝撃を受けた。「将棋をまるでわからない人」が見ても「へー、藤井聡太がこんなふうになるんだ」と思わず注目しちゃうような一瞬。

藤井聡太 ©文藝春秋

 将棋ファンからすれば見飽きたような場面は何回も出てくるし(子ども将棋大会で負けて泣いちゃってる藤井聡太。ファンはもうほんと見飽きた場面です)、サブタイトルで謳っている「AI時代 将棋の新たな地平」というその「地平」がどういうもんなのかはよくわからない。藤井聡太も伊藤匠もAI研究を熱心にしているが、結局人の心を動かすのは「AI超えの一手での勝利」であり「冒険してみたくなった一手での敗着」だったりする、という話になるのである。

 でもそれでいいの。「なんだかわかんないけど藤井くんの『6六銀直』はすごい」とか、「藤井聡太って負けそうな時にあんな顔になるんだ~」「ふーん将棋見てみようかな~」でいいんです。今回で言えば、藤井聡太から一冠もぎとった伊藤匠(聡太と同い年)の「ツケマツゲと見まがうほど長い睫毛」「キラキラ光る瞳」「だけどデスヴォイス」がはたしてどれぐらい「将棋を知らない視聴者」の心に食い込むのか。

伊藤匠 ©文藝春秋

 私としては、途中で「(AI全盛の)時代に抗う戦い方を選ぶ棋士もいる」と紹介され、藤井と名人戦を戦った豊島将之九段が「AIはみんな使っているから、そういうことより見たことがない局面になっていい手を指せるように、というところを重視してやってきた」と語って、「おお、今、あえてそういう考え方かっこいいぜ!」と思った次の瞬間、「名人戦を4勝1敗で防衛した藤井」のナレーションとともに場面が変わった。豊島、出オチ要員かよ!

 しかしこれとて「将棋を知らない視聴者」には「こういうやり方の棋士がいるんだ!」と爪痕を残すかもしれないのだ! がんばれ豊島九段!(そっちか)

『NHKスペシャル 藤井聡太 VS. 伊藤匠』
NHK 日 21:00~
https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2QQLPM3/episode/te/YV8257L3ZZ/

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source : 週刊文春 2024年9月26日号