1983年作品(143分)/フジテレビジョン/4800円(税抜)/レンタルあり

 本連載初の書籍化『泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと』には、これまでの連載原稿の他に「若い頃の映画体験」について語った対談が新たに追加されている。

 そこでは、生まれて最初に「強烈に印象に残っている」映画体験の話もした。その体験をさせてくれた映画こそ、今回取り上げる『南極物語』。

 当時まだ小学校に上がるかどうかくらいの年齢だったが、フジテレビで昼夜繰り返して流された映画予告の大宣伝に洗脳されたかのように駆り立てられ、親にねだって映画館に連れていってもらった覚えがある。そして、この時に受けた印象が、現在に至るまでの筆者の中での「日本映画のイメージ」となった。

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 本作は実際に起きた出来事を映画化しており、物語は一九五七年冬の南極から始まる。昭和基地に派遣された潮田(高倉健)ら、南極観測第一次越冬隊はソリ運搬用に連れていった「タロ」「ジロ」ら十九頭の樺太犬の訓練を行った。だが、第二次越冬隊への引き継ぎに失敗したことで、潮田らは樺太犬たちを置き去りにして昭和基地を撤退せざるを得なくなる。十五頭の犬たちが、餌もない状態のまま極寒の南極に放置された。

「タロとジロは生きていた」。公開時に日本中に溢れかえったこのコピーが示すように、最終的には二頭の犬が生還する。それは感動の美談として扱われた。実際にその通りではあったのだが、途中で重大なことに気づく。

「タロとジロは生きていた。――では、あとの十三頭は――?」そう。スクリーンに映し出されていたのは、苦しみながら死んでいく十三頭の犬たちの姿だったのだ。

 まず悲劇の発端は、第二次に引き継げるという前提であったため、犬たち全員が基地に鎖で繋がれたまま屋外に放置されたこと。そのため、身動きができないまま、ひたすら寒風に晒されてしまう。ここで何頭かが白い屍と化した。

 それでも多くの犬たちは自ら鎖から抜け出すことに成功する。団結し、懸命に生きようとする犬たち。だが、冬の南極の厳しい自然が容赦なく襲いかかる。観るからに過酷さが伝わる雪と氷に覆われた薄暗い映像の中、次々と命を落としていく犬たち。その姿はとにかく重苦しく、哀しく――、子供心にはつらかった。

 以来、筆者の中では「日本映画=暗くて重い」という印象が刷り込まれることになる。

 本連載がやたら「理不尽」だの「呪い」だのという不穏なワードで日本映画を切り取っている根底には、初体験の時のトラウマがあるのは間違いない。あの重苦しさを感じられないと、もう心が満足できなくなったのだ。

泥沼スクリーン これまで観てきた映画のこと

春日 太一(著)

文藝春秋
2018年12月12日 発売

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