「伝えたいのは、生い立ちと髪の毛」
「受付番号6番の方、2号室にお入り下さい」
ドアノブを回し、白っぽい壁紙が貼られた縦長の部屋に入る。透明なアクリル板で仕切られ、こちらはスプリングが効いた黒の布張り椅子、向こうはパイプ椅子。正面の扉の小窓が空き、誰かが顔を覗かせたと思ったらさっと扉が開き、栗田と刑務官が入ってきた。刑務官は、栗田の背後の椅子に座る。
背が高い。髪の毛は長く、後ろで一つに結わえている。Tシャツに短パンという、ラフな服装。洗濯をどれだけしているのか、清潔とは言い難い。歯磨きはちゃんとしているのか。逮捕時の映像の半分ほどに痩せ、まるで別人だ。落ち着きなく目が泳ぎ、へらへらと薄ら笑いを浮かべている。
「伝えたいのは、生い立ちと髪の毛」
にやりと薄笑いを浮かべたまま、栗田は言った。声はくぐもって聞き取りにくい。
「まともに聞いてもらえなかった」
「警察でも検察でも裁判でも話したんだけど、まともに聞いてもらえなかった。これではただの性犯罪者になってしまう」
「髪の毛への執着」は報道で知ってはいたが、真っ先に栗田の口から語られるとは思いもしなかった。しかし女性である私としてはまず、被害者への思いを確認しないといけない。しかし、それを口にした瞬間、栗田が制す。
「被害者のことはまず、生い立ちと髪の毛から考えないと始まらないわけで、それが順番。それから被害者にどう償うのかという話になる。それ以外はない」
自分のペースで語って行くつもりだと言う栗田は、最初に条件を出した。
「取材をするのなら、週2か3で面会に来るべきだと思う」
週2は無理なので、週1の面会を約束した。信頼関係の構築には約束を誠実に果たすべきだと、取材の初歩を栗田から突きつけられた。
栗田は、産院に置き去りにされた子だった。
「自分が実母の4人目の子ども。実母は誰も育てていない。オレは体重1500グラムの超未熟児。産まれないほうがよかったのかも……」