将棋史を彩る名局には、その舞台となった対局場の存在を忘れてはいけない。古くは陣屋事件にその名を残し、また広瀬章人が2010年に初タイトルの王位奪取を果たした「陣屋」(神奈川県秦野市)。広瀬王位誕生の翌年に羽生善治が広瀬から王位を奪ったのもやはり陣屋である。局後、自室に戻った広瀬は一人悔し涙を流したそうだ。その屈辱を昨年の竜王戦で晴らしたのは記憶に新しい。

 また、将棋の街・天童市(山形県)にある「ほほえみの宿 滝の湯」。同所で行われた2008年の竜王戦七番勝負第7局は、「勝者が永世称号を得る」という将棋史上において二度と起こり得ないような大一番となり、永世七冠がかかる羽生との死闘を制して渡辺明が初の永世竜王の資格を得た。このシリーズにおけるフィーバーぶりは、昨今の将棋ブームに勝るとも劣らぬものだったと思う。

2016年から竜王戦の対局場になった「指宿白水館」

 羽生の永世七冠はそれから9年の時を経て、2017年に結実した。今回はその永世七冠誕生の舞台となった「指宿白水館」(鹿児島県指宿市)について紹介したい。

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対局場に使われた白水館の「離宮」

 白水館が将棋の対局場となったのは、実はかなり最近のことである。2016年の竜王戦七番勝負第4局がそのはじめだ。以降、2017年・2018年と3年連続で竜王戦七番勝負が開催された。単純に開催数を数えれば、白水館より多くタイトル戦を行った会場は両手の指に余るだろう。

大盤解説会は予約の時点で満員に

 だが、竜王戦七番勝負において、もはや白水館対局は欠かせないものになっていると思う。それはなぜだろうか。白水館への取材と合わせて、推測してみたい。

関係者が軒並み褒めちぎっていた

 2016年の竜王戦七番勝負において、その対局場が公表されたとき、白水館に対する筆者の第一印象は「新しい会場が増えたんだ」という程度のものだった。読売新聞紙上で観戦記を執筆する筆者だが、この年の白水館は自身の担当局ではなかったので、それほど関心は持っていなかった。

「指宿白水館」に到着した羽生

 ところが対局が終わると、その印象が一変する。現地を訪れた棋士・関係者がのきなみ褒めちぎっていたからだ。ちなみに、タイトル戦には実際に対局を行う棋士2名以外にも、立会人や解説を行う棋士、将棋連盟職員、観戦記者ら多くの関係者が同行している。もちろんタイトル戦の舞台に選ばれるのだから、その会場はいずれも素晴らしい場所なのだが、終わった後に関係者が「また行きたい」と繰り返すのはかなり珍しい。

対局室から見える錦江湾の光景