日本の国産高級車といえば、トヨタ「センチュリー」や日産「プレジデント」。どちらもVIPが乗るクルマだ。鉄道にもそのくらい「格上」の電車がある。JR東日本のE655系電車、愛称「なごみ(和)」だ。2007年に6両編成1本だけ製造された。その目的は「お召し列車」。天皇・皇族の御乗用車両だ。それ故に、最上級の鉄道車両となるべく、鉄道マンの知恵とプライドが結集されている。
車両数の少ない時期に1両を皇室専用にする
「お召し列車」の歴史は日本の鉄道開業までさかのぼる。1872(明治5)年の鉄道開業式で、政府がイギリスから購入した10両の上等車のうち1両が御料車に指定され、明治天皇の御乗用として使われた。車両数の少ない時期に1両を皇室専用にする。今では考えられないけれど、当時は当然のことだったようだ。
1876(明治9)年に京阪間の鉄道開通式向けに新たな御料車が作られた。この車両は後に1号御料車と呼ばれ、現在はさいたま市の鉄道博物館で保存展示されている。
一般の列車にご乗車される機会が増えた
最後の御料車は1960(昭和35)年に製造された三代目1号御料車だ。この前後に2両ずつ、供奉車を連結してお召し列車となる。供奉車はお付きの者や警備員などを乗せる車両だ。そして現在、1号御料車も供奉車も使われていない。お召し列車そのものの運行機会も減った。今上天皇が一般の列車にご乗車される機会が増えたからだ。これは「国民に身近な皇室でありたい」という今上天皇のご意向として伝えられている。
お召し列車はたいへんな注意を払う列車だった。他の旅客列車が併走してはいけない。他の列車に追い越されてはいけない。前後の列車とは5分以上の間隔を開ける。貨物列車とすれ違ってはいけない。線路が立体交差する場所では、お召し列車の上を他の列車が通過してはいけない。お召し列車の運行直前に、線路の確認をする列車を運行する。御料車は静粛であるべきとして、ブレーキを装備しない車両もあった。お召し列車を運行する沿線の警備も厳戒で、戦前はお召し列車より高い位置で見物することも許されなかった。