「身体と対話しながら生きて、小説を書いていこうと考えています。そうした思いをしっかり文章にのせることができた」

 緊張していて何が何だかよくわからないと言いながら、受賞作『1R1分34秒』について訊かれれば、自信の籠もった声でそうきっぱりと話すのが、受賞直後の記者会見での町屋良平さんだった。

©白澤正/文藝春秋

汗と涙と友情が飛び交うスポーツ小説のように聞こえるが……

 タイトルから察せられる通り、『1R1分34秒』はボクシングを題材にした小説である。

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 デビュー戦をみごと初回KOで飾ったものの、その後は3敗1分。主人公の「ぼく」は21歳のプロボクサーだが、考え過ぎて内に籠もりがちな性向も災いしてか、周囲からの期待はかなり萎んでしまっている。新しくトレーナーとなってくれたウメキチと、あてどない練習に打ち込むしかない。そんな日々が、徐々に「ぼく」の心身を変化させていった。次戦の対戦相手も決まった「ぼく」の進む先には何があるか――。

 とストーリーをたどると、汗と涙と友情が飛び交うスポーツ小説のように聞こえるけれど、実際の読み味はかなり異なる。もっとこう、内省的な印象なのだ。肉体を苛めていった先の筋繊維のきしみに耳を傾け、そのときのメンタルはどう動くのかと、「ぼく」はどこまでも冷静に観察していく。スポーツを題材にした心境小説といった趣である。

では町屋さんに教えてもらおう。今作のモチーフは、なぜボクシングだったのか。フィジカルとメンタルの関係性を最もよく描けると踏んだからだろうか。

「それもありますが、まずは自分が実際にボクシングをやっていたからというのが何より大きい理由ですね」

ボクシングを実際にしているからこそ、気づけた視点

 なるほど町屋さんは、みずからがボクシング・プレーヤーだったのだ。ライセンスを持ったプロというわけではないものの、10年来ジムに通っているという。引き締まった体躯を見て気づくべきところだろう。20代でボクシングを始めたのはなぜ?

「もともと観戦するのは好きで、単純に憧れがありました。始める直接のきっかけは、北野武さんの映画『キッズ・リターン』を観たこと。映画ではふつうの高校生がボクシングを始めていて、ああ誰でもできるんだなと思ってチャレンジしてみました」

©平松市聖/文藝春秋

 ボクシングは「観て楽しむ」と「やってみる」のあいだに、かなりの違いがあると気づいた。

「観ているだけのときとは違う楽しさが、たくさん生まれてきますね。たとえば自分の瞬発力は、練習を重ねていくとぐんぐん向上する。そうすると、新しい自分になれたような感覚が得られます。ジムワークを毎日積み重ねていくうちに、自分の身体が変わっていく。そこがおもしろさでしょうか」