「とったなあ……、という感じでしょうか。よかったです」
新・芥川賞作家、上田岳弘さんの受賞後第一声である。
記者とカメラマンが詰めかけた受賞決定直後の会見場でも泰然自若。マイペースで質問に答える姿からは、騒ぎの渦中にいる自分の状況をどこか客観的に眺め、楽しんでいるフシさえ感じられた。
このゆとりある対応はもともとの性向からか
たしかに受賞作『ニムロッド』は、壮大なビジョンと高い完成度を誇る作品。「我々はどこから来たのか、何者なのか、どこへ行くのか」とはフランス人画家ゴーガンが畢生の大作に付したタイトルだが、『ニムロッド』にはこのゴーガン作品の問いかけすべてを含むと感じられる。
このゆとりある対応はもともとの性向からか、はたまた作品への圧倒的な自信がもとになっているのか。
語り手となる主人公・中本は、さほど大手ではないIT企業の社員。彼に託された業務は、仮想通貨の「採掘」である。インターネット上にこぼれた仮想通貨をコンピュータに探索させて収集する、いわば落穂拾いの事業を担当している。
プライベートでは「ニムロッド」と名乗る友人との交流があり、ニムロッドは「駄目な飛行機コレクション」と名付けた小話や、人類の行く末を考察した小説めいた書きものを中本に送り付けてくる。そこに外資系企業に勤める恋人とのやりとりも絡み、さほど長いわけでもない中編作品には、人類の来し方行く末が描き出される――。
盛り込まれている内容の密度がすごいのだ。なぜこれほど多彩な要素を一作に投入するのか。上田さんご本人に問えば、
「『太陽』という作品でデビューしたときも『こんなに何でも入れてしまって、次が書けるの?』と言われましたね。『もう書くことないんじゃない?』と思われながら、2013年のデビュー以来やってきましたから、もうそれが僕の通常の状態です」
とのこと。惜しみなく出し切ることを固く決意しているというふうでもない。
「基本的に、締め切りありきで書いていますよ。締め切りまでにやらねばならないとなると、自然と自分のなかにあるものを出し切らざるを得ない。それで毎回こういうかたちになっていますね」
「新しいものを書く」のは小説の醍醐味
さらに驚いてしまうのは、上田さんはどの作品を書くときも、プロットをほとんど立てない。つまり全体の設計図を思い描くことなく書き進めていくという。これほど大きな構えのストーリーを展開させているというのに、そんなことが可能なのか。
「意外とできるものですよ。書くときはいつもぼんやりとしたイメージが頭のなかにあります。それをあたかも彫刻を仕上げていくかのように、文章に置き換えていくことで彫り進んでいく。と、徐々に何らかのかたちが現れ出てきます。ぼんやりとした全体のイメージはいつもあるので、それがプロットの代わりになっているんでしょうか。イメージを明確にしていくために、文章を書いていくという感覚ですね」