日本では将来、胃がんになる人は減っていく。理由は胃がんの原因である「ピロリ菌」に感染する危険性が減少していくからだ。

 しかし、大きな誤解も生じている。「ピロリ菌を除菌さえすれば、胃がんにならない」と思い込んでいる人が少なくないのだ。

 正しい認識を持ってほしい。

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 過去にピロリ菌に感染したことのある人は、たとえ除菌をしても、胃がんのリスクは残る――ということを。

胃液の分泌される胃に生物はいないと考えられてきたが

 ピロリ菌の本名は「ヘリコバクター・ピロリ」。長さ5um(マイクロメートル)以下のこの細菌は、1983年にオーストラリアのロビン・ウォーレンとバリー・マーシャルという2人の医師によって発見された。

ヘリコバクター・ピロリ菌の医療イラスト ©iStock.com

 それまで、強力な消化液である胃液の分泌される胃に生物はいないと考えられてきたが、ピロリ菌の存在が明らかになったことで、医学はモノの見方を大きく変えなければならなくなった。その最たるものが「胃がん」なのだ。

 それまで塩分の摂り過ぎや喫煙、アルコールなどが原因とされてきた胃がんは、その多くがピロリ菌への感染によって引き起こされる慢性胃炎が原因であることが解明され、感染者にはその除菌が推奨されるようになる。

 日本ではピロリ菌に感染して慢性胃炎を起こしている人の除菌に健康保険が適用されるなど、医療提供体制の整備が進んだ。

 一方で、ピロリ菌の大きな感染源とされる井戸水の使用頻度が激減するなど生活環境の衛生改善もあり、新たな保菌者は減少傾向にある。研究者の中には、将来日本から胃がんは消滅するのではないか――という楽観論を唱える人もいるほどだ。

除菌しても胃がんの発生リスクは残ります

渡辺七六医師

 とはいえ、現状は決して楽観視できない。

 胃がんの発生とピロリ菌への感染に大きな因果関係があることは事実だ。しかし、そのことばかりが強調されて伝わる中で、冒頭でも触れたような「誤った認識」を持つ人が増えているのだ。

「除菌に成功した途端、胃の内視鏡検査を受けなくなる人が多いのです。これは非常に危険な傾向です」

 と警鐘を鳴らすのは、東京都渋谷区にある内視鏡検査専門医院「渡辺七六クリニック」院長で消化器内科医の渡辺七六医師。続けてこう語る。

「ピロリ菌は、除菌できても胃がんの発生リスクは残ります。もちろん、感染している時に比べれば確率は下がるものの、一度感染した人は、菌がいなくなったあとも、がんができやすい状況は残るのです」

 複数の調査結果をまとめた研究報告によると、ピロリ菌を除菌することで34~35%の胃がん抑制効果が確認されているが、裏返せば6割以上の人にはリスクが残っていることを示唆する。