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元SUPER☆GiRLS田中美麗「AKB48も知らないコミュ障の私が本物のアイドルになるまで」

田中美麗さんインタビュー#1――アイドル戦国時代を振り返る

2019/01/26
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センターになったときは挙動不審だった

――スパガの象徴的な存在だった前島亜美さんのことはどう見てましたか?

田中 あみたはアイドルの鑑でした。やることをしっかりやって、弱音を吐かない。でも、たまに見せる弱さがかわいくて。「支えてあげよう」と思ったこともあるけど、手を差し伸べる隙がないくらい「できる子」だったので見守るしかなかったんです。スパガのセンターにふさわしい存在でした。

――スパガのセンターといえば前島さんの印象が強いですけど、田中さんも『イッチャって♪ ヤッチャって♪』(2015年8月)で表題曲のセンターになってますよね。

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田中 事前の面談で「センターに立ってもらいたい」と聞いた時は、「私なんて無理ですよ~」と答えたんです。「センターになりたい!」と熱い想いを持っているメンバーもいるので、まわりの目線が怖くて挙動不審だったと思います(笑)。

――前島さんの気持ちも分かりましたか?

田中 はい。すごいプレッシャーと戦っていたんだなって。私は振りを完全には覚えてなくて、基本的には前の人のダンスを見てマネするんですけど(笑)。センターだと前にいるのはメンバーじゃなくてお客さんなんですよ! その頃からアイドルとしてのプロ意識が芽生えたと思います。

 

「親から温泉やプールに行くことも禁じられていました」

――2012年にはグループ内でスキャンダル報道がありました。

田中 初めての出来事で、あっという間に時間が過ぎたように感じます。「グループはどうなるんだろう」という不安があったし、そのメンバーの精神的な部分も心配でした。自分としてはメンバーを責めることじゃないし、起きてしまったことは仕方ないと思っていたので。

――田中さん自身はアイドル活動をすることで、プライベートが制限されることを苦に感じませんでしたか?

田中 親からプライベートを制限されていたので、「アイドルになったから」といって苦に感じることもなかったんです。

――スパガに入る前から?

田中 小学2年生からGPS機能がついた携帯を持たされて、それが当たり前だと思っていたんです。iPhoneに変えてもAppleIDを共有しているから自動的にGPSを入れられちゃう(笑)。なんなら今もそうですから。

 

――学校の友達と夜遅くまで遊ぶこともなく。

田中 そんなことできないですよ。めちゃくちゃ怒られますから。「夜遅くまで遊ぶなら私を呼びなさい」と言われて、友達の家族と私の家族で夜中にドライブしたこともあります。事務所より親のほうが厳しかったんです。

――そうでしたか。

田中 スパガではプールや温泉に行くことを禁じられていたんですけど、活動しているうちになぁなぁになって、他のメンバーはプールや温泉に行くようになったんです。でも、私の親は断固として行かせてくれなかった。「盗撮されるかもしれないから」って。

――まわりの子がうらやましいと思いませんでしたか?

田中 思いますよ! でも、「その子の家はそうかもしれないけど、うちはうちだから」と言いくるめられて(笑)。20歳の時に「一人暮らしをしたい」と言ったんですけど、仲のいいメイクさんに相談したら「まずは家庭内で自立したら」とまっとうなことを言われて思いとどまりました。いまも実家で暮らしてます。

――青春らしい青春を送れなかった後悔はありますか?

田中 いや、スパガでの活動が青春でした。誰でも経験できることじゃないので、後悔はないです。

写真=川しまゆうこ

#2へ続く)

たなか・みれい/1996年10月14日生まれ、埼玉県出身。2007年、エイベックスのオーディションに合格。2010年に結成されたSUPER☆GiRLSのメンバーに。2014年テレビドラマ『ファーストクラス』に出演。2016年末にSUPER☆GiRLSとしての活動休止(翌年に活動再開)。2018年3月末にグループから卒業。現在は女優として活躍。舞台『BASARA外伝~KATANA 虹の話 -銀杏-』に出演(1/25~28)。

元SUPER☆GiRLS田中美麗「AKB48も知らないコミュ障の私が本物のアイドルになるまで」

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