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「豊川男児殺害事件」の再審請求はなぜ覆らなかったのか

元愛知県警幹部は「冤罪ということはあり得ない」

2019/01/31

genre : ニュース, 社会

 愛知県豊川市で2002年7月、1歳10カ月の男児を車で連れ去り、海に落として殺害したとして、殺人などの罪で懲役17年が確定した田辺(旧姓:河瀬)雅樹受刑者(51)の再審請求で、名古屋高裁は1月25日、「弁護団が新たに出した証拠は無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たらない」と請求棄却を決定した。

 これに対し、弁護団は1月28日、「新証拠と旧証拠を合わせて考えれば、どういった疑問点が出てくるのか、きちんと答えていただきたい」として、同高裁に異議を申し立てた。

再審可否決定を前に、名古屋高裁前で集会を開く田辺受刑者の支援者グループ ©共同通信社

車の中で寝ていた男児が忽然と姿を消した

 もともとこの事件には、有力な物的証拠がなく、田辺受刑者の自白の信用性が最大の争点だった。田辺受刑者は初公判から一貫して、「捜査員から威圧的な取り調べを受け、自白させられた」として、無罪を主張していた。

 事件は2002年7月28日未明に起きた。愛知県豊川市内のゲームセンターの駐車場に止められた車の中で寝ていた男児が忽然と姿を消し、そのことに父親が気付いたのが同日午前1時20分頃。午前3時頃には交番勤務の警察官らが駆け付けて、駐車場に止められている車のナンバーをチェックするなどの捜査が始まったが、男児は同日午前5時30分頃、現場から約4キロ離れた海岸で、水死体となって浮かんでいるのを釣り客が発見した。

 田辺受刑者が容疑者として浮上したのは、男児が寝ていた車の斜め前に田辺受刑者が所有するワゴンRが止まっていたという目撃情報があったからだ。しかも、父親が事件に気付いたとき、なぜかそのワゴンRもいなくなっていた。ところが、警察が駐車場内の車のナンバーチェックを始めたところ、当初とは別の場所に田辺受刑者の車が止まっていたことが判明。田辺受刑者は事情聴取に対し、「職場の友人3人と待ち合わせし、コンサートへ行くところだった」などと説明した。

ポリグラフ(うそ発見器)は陽性の反応を示していた

 しかし、田辺受刑者が説明するようなコンサートが開催された事実はなく、友人の話もデタラメだったため、あらためて事情聴取しようとしたところ、「仕事が長引いて行けなくなった」と連絡があり、それっきり田辺受刑者からの連絡は途絶えた。

 事件後には勤務先の運送会社もやめてしまい、事件当時に乗っていたワゴンRも中古車業者に売却した。

 警察は田辺受刑者に対する嫌疑を深め、田辺受刑者の休日に当たる2003年4月13日、任意同行を求めて職務質問を行うことを決定。事件現場とは別のゲームセンターの駐車場に寝ていた田辺受刑者に声を掛け、「事件のことで話を聴きたい」と切り出すと、「仕事がある」と言って拒もうとしたが、勤務先が休みであることを指摘すると、しぶしぶ同行に応じた。さっそく実施したポリグラフ(うそ発見器)の結果では、陽性の反応を示していた。