結論から書く。渡辺明棋王の復調の要因、それは成功体験に固執しない柔軟性だ。それに元来の勉強力や終盤力が相まって、手がつけられないほどの強さになっている。

「転機」は昨年の順位戦最終戦

 永世竜王・永世棋王を獲得し、時代を彩ってきた渡辺棋王。その渡辺棋王の一つの転機となったのは昨年の第76期A級順位戦最終戦だった。三浦弘行九段に完敗を喫し、8年在籍したA級から陥落したのは、将棋ファンのみならずプロの間でも衝撃が走った。

 この対戦は角換わりという戦法で、渡辺棋王の穴熊を三浦九段が攻めたてる展開だった。戦いが始まった段階で、将棋AIは驚くほどの大差で渡辺棋王の不利を示して衝撃を受けたことを覚えている。実際にトップ棋士同士では覆せないほどの差だったようで、三浦九段の正確な指し回しもあって渡辺棋王はなすすべなく土俵を割った。

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 現在の将棋界は、穴熊のように一箇所に駒を集めて玉を固めるのではなく、全体に駒を配置してバランスをとる指し方が主流だ。これは将棋AIの影響が大きい。藤井聡太七段はこのバランスを取る指し方が非常に巧みで高勝率の要因となっている。将棋AIの感覚をうまく取り入れているのだろう。流行は若い人が作ると古来より言われるが、藤井聡太七段はまさにそれを体現している。

 渡辺棋王はその時流に乗れていなかった。どんなに強い棋士であっても時流に乗り遅れると成績の低下を招く。過去の名棋士も時流に乗り遅れて成績を低下させ、引退に追い込まれていった。

渡辺明棋王。これまでに竜王11期、棋王6期など計20期のタイトルを獲得 ©文藝春秋

「トップ棋士相手の勝率が8割超」という驚異

 結局、渡辺棋王は2017年度(将棋界の区切りは4月~翌年3月末)を棋士人生初の負け越しで終えた。竜王のタイトルを羽生善治現九段に奪われて永世七冠の達成を許し、前述の通りA級からも陥落した。年度最後の3月30日、フルセットの末に棋王のタイトルを防衛して無冠転落はかろうじて避けた格好だ。

 しかし2018年度、驚くべき復調を遂げている。特筆すべきはトップ(順位戦B級1組以上在籍)棋士相手の勝率で、その勝率は8割を大きく超えている(2月1日時点)。順位戦でもB級1組を9戦全勝で駆け抜け、3戦を残して早くもA級昇級を決めた。昨年度とはまるで別人のような成績だ。

 その要因はどこにあるのか?