真打昇進は「気楽にやっちゃいけないもの」
――師匠の神田松鯉先生は76歳。松之丞さんは、真打昇進の席には松鯉先生がいないと嫌なんです、とおっしゃってましたね。
松之丞 それが叶うのがうれしくて。師匠は真っ直ぐな人で、全力で喜ぶし、全力で怒ります。今回は全力で喜んでくれてますが、これまでも理事会の席で僕の真打昇進案が否決されるところに居合わせてきたわけです。僕としては、恩返しをしなければいけないと背筋が伸びる思いです。もっとも、また何十日も真打の披露目に付き合って頂くので、恩は返すどころか増えるばかりですけどね。
――真打昇進までには想像を絶する準備が必要なんでしょうね。
松之丞 まず、名前の問題があります。松之丞のままでいくのか、それとも神田派にとって大切な名前を継ぐのか。これは自分の一存では決められないことで、師匠にお任せしています。名前が決まった時点で、お配りする扇子などのデザインを決めていき、2月9日に襲名披露パーティ、そして2月11日から新宿末廣亭で真打昇進興行が始まります。
――落語家の方の本を読むと、真打昇進に当たっては銀行から1000万単位でお金を借りることもあると聞き、たまげました。
松之丞 たとえばお披露目をしている間は、金銭的に色々と真打が出すわけです。そこらへんをしみったれている人は、なんだかなぁーと。少なくとも、僕は気にしてました(笑)。
――ケチればそういう目で見られる。
松之丞 ただこれが、僕のようにひとり真打だと、それもひとりで負担しなければなりません。複数いれば経済的負担はそれだけ軽くなるんですが。
――ひとり真打に、そうした負担があったとは……。
松之丞 そういうわけで、みなさんからの温かいご支援を賜りたく(笑)。ある師匠からは、「いつも通り、気楽にやんなよ」と言われたんですが、滅多にそんなことを言わない方なので、「気楽にやっちゃいけないものなんだ」と気づかされました。
――じんわり、プレッシャーかかりますね。
松之丞 別の師匠からは「普通のお披露目じゃないから」と言われまして、釈台も新調したほうがいいんじゃないか、とアドバイスを頂戴しました。先輩方とお話ししていると、いつもより盛大に、賑やかに、すべてにおいて行き届いたお披露目にするのが、抜擢の一人真打の務めなんだと思っています。講談だとしても。
――準備はそれだけではなく、高座での準備ももちろん大切ですね。
松之丞 新宿末廣亭を皮切りに、真打披露興行は40日か50日続きます。どういうネタで勝負するのかも考えなくてはいけません。難しいのは、真打昇進にふさわしい「トリネタ」を読まなければいけないことです。おめでたい場にふさわしく、落語のファンも楽しめて、しかも講談らしい話を通常よりも短い時間で読む必要があります。