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多忙、重圧、客席の携帯と戦った日々――講談師・神田松之丞が語る仕事と日常

神田松之丞、真打への道 #2

2019/02/11

genre : エンタメ, 芸能

note

客席で携帯が鳴ったあの日の夜

――11月からは地方での巡業もあり、休んでいなかったですね。

松之丞 去年の反省から、今年からは週に1度は休みを入れることにしました。やはり、しっかりとした芸をお見せするには、休養も必要なんだということを身にしみて感じましたので。それに加え、真打になれるかどうか分からないという不安も抱えていたんです。一時は、「このまま落語芸術協会にいてもいいのだろうか?」と考えたほどです。

 

――それはかなり奥深いところで悩まれていたんですね。

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松之丞 年末に真打昇進が決まってそのストレスから解放され、お正月からすぐに『慶安太平記』の通し読みが始まった。朝に話をさらって、夜の高座に向けて状態を整えていくことがどれだけ楽しかったことか。つまり、自分は忙しすぎて、しっかりと稽古する時間がないのがストレスの根本的な原因だということに気づきました。本当に、どんな仕事よりも講談を読んでいる間がいちばん幸せで、連続物を読むことでお客さまとの信頼関係を築けるだけでなく、終わった後の「寂しさ」まで共有できる。もう今年いっぱいは連続読みの予定がないのが、物足りなく感じるほどです。

 

――それにしても、『慶安太平記』はすべてを読むと10時間以上、これをA日程、B日程と2回読んだというのは「壮挙」でしたね。

松之丞 A日程、B日程は色合いの違う高座になったのが自分でも面白かったです。A日程では、「牧野兵庫」といった7、8年ぶりに読む話もあり、「最後までたどりつけるのだろうか?」という不安とも戦っていました。4日目までは反省点も数多く出てきたんですが、A日程の5日目はすごかったです。

――5日目、TBSラジオの『問わず語りの松之丞』でも話されていましたが、客席の携帯電話が鳴り、なんとそれがスピーカーホンで会場中に響き渡る「携帯の惨劇」が起きた晩じゃないですか!

松之丞 携帯を切るどころか、どこかのボタンを押しちゃって、「もしもーし」って声が響き渡りましたからね。もう、声の調子で分かりますよ、絶対に大した用事じゃない(笑)。他のお客さまは『慶安太平記』で散々、人が殺されたりする話を聴いていたので、かなり殺気立ってました。中入りでスタッフと「どうしたらいいかな?」と相談して、「もう携帯が鳴ったことは忘れましょう、ここから物語は始まる!」みたいに軽くトークを入れて、ガス抜きをしたのが良かったと思います。