昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

なんとなく優しくなりすぎて、どんどん壊れていく世界

ドイツ「昆虫が可哀想だから保護法」、フランス「同性婚差別をなくすため親1親2と呼ぶ」

2019/02/21

「ちょうどいい」領域がせまくなって窒息していく

 なんかこう、もうちょっと「ちょうどいい」方法ってのはないのかと思うわけなんですが、世の中が多様になって、マイノリティとされてきた人がいままで黙っていたところをきちんと権利主張できるようになった、のは素晴らしいことだとして、昔なら許されていたことがどんどん「あれは駄目」「これはいけない」という話になった挙句、「ちょうどいい」領域がせまくなって窒息していく雰囲気がするわけでありますよ。

 ポリコレ(ポリティカルコレクトネス=政治的正しさ)もありつつ、仮に他人が不快な表現をしているものだとしても、あるいはそれが社会的に定着しているものだとしても、みんな少しずつ妥協し、不快な表現も容認しつつ表現の自由が成立し、お互いちょっとずつ不便も不快も享受しながら同じ社会で暮らしていっているもんだと思うんですよねえ。

 特定の人たちの権利を阻害してクレームが来るのだから、そういうことへの配慮をしよう、というのは、まあ必要なことだとは思うんですよ。ただ、その価値観が成立しているのは理解するし尊重するとはいえ、その問題をこちらに押し付けて来ないで欲しいという偽らざる心証もまた抱くわけであります。

 通勤電車で痴漢が多い? それは大変だ。分かった。それは認めよう。痴漢をする男は許せないよね。だから痴漢対策のために女性専用車両を作ろう。え、あ、うん。

 テレビ番組でのバラエティにいじめを想起する表現があった? あー、まあそうだな。昔といまは違うもんな。んじゃ、規制。ついでに性的暴行やらかした俳優が出てる番組があったな。お蔵入り。全部。あ、これから封切りになる映画もな。全部ボツ。

©iStock.com

同調圧力と忖度ばかりの世の中になるんじゃないか

 いやあまあ犯罪は許せないし、いろんな表現で傷つく人はいると思いますよ。文化の違いで不愉快なことを感じることもあるでしょう。分かる。それは分かる。でもなんか誰も傷つけないようにしようと思いすぎるあまり、あるいは、誰かが主張する狭い範囲の権利主張に配慮した結果、なーんか世の中が思い切り息の詰まる方向に行き過ぎてやしないですかねえ。

 これって世の中が進歩して、良い方向に確実に向かっていっている、ということなんでしょうか。それが「あれ、なんか違わない?」と思うことも批判されてしまうのだとすると、なんだか物凄く狭量な世の中で、誰かの価値観を押し付けられたまま、くだらない同調圧力と忖度ばかりの世の中になるんじゃないかと物凄く心配になるんですが。

 ヘイトスピーチであれポリコレ棒であれ、燃やし燃やされネット内でやってるうちはそれほど大きな問題でもなかったものが、ネットの炎上が容易に社会問題になり、みなが炎上を避けようとし、文春に砲撃されないよう慎ましやかになっていった結果が、誰もが誰もの顔を窺うようなつまらない社会にならないことを願う次第でありますよ。