時代の変化についていけない組織
大学を出た後、居酒屋経営を夢みた渡邉は、経理会社で働いて会計の勉強をし、開店資金を貯めるべく当時激務で有名な佐川急便で猛烈に働く。用意周到であるとともに、圧倒的な体験からワタミが生まれ、それが渡邉美樹をカリスマにした。獄中転向しなかった(宮本顕治)とか、学歴もないのに権力の頂点まで登りつめた(田中角栄)とか、まねのできない圧倒的な体験はカリスマの要件である。
しかしカリスマを戴(いただ)くと、その者の成功体験に固執して時代の変化についていけない組織が生まれる。渡邉は2009年に社長を譲って代表取締役会長となり、都知事選出馬のため2011年にはそれも退く。こうして渡邉から経営を任せられた組織はどうであったか。
当時の雑誌をひもとけば、ワタミがブラック企業大賞に選ばれた2013年は過労死・ブラックぶりについての記事一色だが、2014年以降は経営不振の記事が多くなる。赤字に転落したからだ。過労死などによるブラック企業批判が浸透しての客離れが原因と思ってしまうが、記事を読むとそれだけではなかった。
チェーン店が時代遅れになった
たとえば週刊ダイヤモンドの特集「さらば『和民』」は、ワタミは家賃が高くても駅前に出店してきたが、しかしスマホで地図を検索する時代にあっては駅前である必要はないと指摘(2015年12月12日号)。なるほどスマホでググって店を探し、Googleマップでそこに向かうのだから駅前の利点はいまやだいぶ少ない。
また同誌のインタビューで渡邉は、客は「均一化された280円の物より、380円でいいから、そこにしかない物が食べたい。お金の使い方や価値観が変わった」と、そもそもチェーン店が時代遅れになったとまで言う。
こうした時代の変化についていけない組織が、渡邉が離れたあとに残されたのである。
渡邉はいう。「私自身はワタミをゼロからスタートさせて、あらゆる役職や仕事を経験してきました。店長、エリアマネジャー、経理部長、人事部長、銀行交渉、店舗開発……。全部やってきた」。誰よりもワタミを知る渡邉である。「私がトップだったとき、あるコンサルタントがワタミのことを調べたら『売上高1500億円の会社なのに、98%の意思決定をトップがしている』という結果が出ました。これはまずいと思ってボールを渡す準備を始めたんです」(注5)。