「6年間の自分への評価ですか? はい、0点だと思います」(注1)。元ワタミ会長で参院議員の渡邉美樹は、政界引退を表明する場でこう自己採点した。経営者としての渡邉ならば、「0点」の政治家としての渡邉にむかって「100点を取るまで、働け」と命じたであろう。
また会見では「経済成長なくして財政健全化なし」とする安倍政権を「経済成長しなかったら国は破産してよいのか」と批判し、「私は経営者であり、売り上げが増えなくても潰さない会社をつくるのが社員や株主のためだ」と語った(注2)。こんな殊勝なことをいう渡邉は、はたしてどんな経営者であったか。
ひとの労力に頼る分野をあえて選ぶ
「これからは3K(きつい、汚い、危険)職場と言いわれる外食、介護、農業など、人が差別化要因となる労働集約型事業しかやらない」。中村芳平『居酒屋チェーン戦国史』に出てくるワタミ創業者・渡邉美樹の言葉である。ひとの労力に頼る分野をあえて選ぶというのだ。
事業を拡大するのに、祖業の安い居酒屋から客単価の高い飲食店へ……ではなく、他の労働集約型の産業へと展開する。飲食店のノウハウではなく、ひとを使うノウハウへの自信のあらわれと取れる。
抽象的な価値が大好きなワタミ
実際、1984年に居酒屋チェーン「つぼ八」のフランチャイズ店からスタートしたワタミは、2002年に農業、04年に介護事業に参入している。これらは業種は違えども渡邉からしたら同じ「ありがとう」集めでもある。「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」をワタミグループはスローガンに掲げ、そしてひとはありがとうを集めることで成長するのだという。
それどころか渡邉は、飲食業よりも「一つひとつの『ありがとう』は介護の方が重いと感じています」(注3)と、数どころか「ありがとう」の質量にまで思索を及ばせる。
「ありがとう」だけではない。渡邉もワタミも抽象的な価値が大好きである。現在ワタミグループには上述の「スローガン」のほか、「ワタミグループミッション」「ワタミグループ経営の基本目的」「グループ社員の仕事の仕方に対する合言葉」「グループ社員としての行動基準」「グループ社員の仕事に対する心構え」「ワタミグループ憲章」がある。
それらには「明るくのびのびと仕事をしよう」といったものから「ワタミらしいことをすべて肯定し、ワタミらしくないことをすべて否定する」なんていうのもある。