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認知症の老老介護を撮り続けた娘が、「両親は被写体として魅力的だな」と感じた理由

『ぼけますから、よろしくお願いします』が奇跡のドキュメンタリーになるまで

2019/03/04

「面白い番組を作る」というディレクターとしての「業」

 まだ30代前半の彼女が、過激派である中核派の本部に取材に行き、天真爛漫に「爆弾、どこにあるんですかぁ?」と質問した番組は、業界では語り草だ。

 そして、セルフドキュメントである『おっぱいと東京タワー ~私の乳がん日記』(2009)を観た時には、感動よりも、戦慄を覚えたと言っていい。乳がんで入院して嘆き悲しむ信友の姿を、友人がカメラに収める。信友はそのカメラに向かって「おっぱいを切ったら、もう恋はできないのかな」と言う。私はこのシーンに、心底驚いた。本人は否定するかも知れないが、自分の言葉が番組の中でどう使えるか、ということを意識しているように聞こえたからだ。手術前の彼女が怖くなかったはずはない。だが「面白い番組を作る」というディレクターとしての「業」を優先させることで、その怖さに打ち克ち、必ず生きて番組を完成させるという決意を見た気がした。

呉ポポロの満員240人の観客と、信友直子監督(右)と筆者(左)に支えられる映画公開時98歳になった父・良則さん ©「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

被写体には、必ず何かの物語がある

『ぼけますから、よろしくお願いします。』でも、彼女の表現者としての「業」は垣間見える。信友監督は、ご両親を心から愛している。泣きながら撮ったのも、100%本当だ。だが、心のどこかで、ディレクターとしてご両親に冷静なまなざしを向けている。泣きながら撮った場面を、「おいしい」と思っている彼女がいる。その両方を併せ持っているからこそ、優れた作り手なのだ。敬愛する先輩、信友直子の強烈なディレクター魂が、この映画を極めて近い虫の目と、遠くから俯瞰した鳥の目を持った特別な作品にした。そんな信友さんが、私に語った言葉を紹介したい。

「ある時期から、両親のことを被写体として魅力的なんだな、と思ったことも確か。ディレクターとして『いける、この人たちは』と感じたの。私は父も母も大好きだけど、ドキュメンタリーも大好きなんだよね。そしてドキュメンタリーをやっていてつくづく思うのは、被写体は著名な人や特別なことをしている人じゃなくても、必ず何かの物語がある、ということ。だから両親も、最愛にして最高の被写体です」

 映画『ぼけますから、よろしくお願いします。』のヒットは、様々な要素が積み重なった結果だと思う。時代にマッチしたテーマの普遍性と、素晴らしいキャラクターを持った被写体であるご両親。その両親を、最も近くでカメラを回せる娘が撮ったということ。そしてその娘が、信友直子監督という類まれな手腕を持ったディレクターであったこと。いくつもの要素が重なり合った、まさに「奇跡のドキュメンタリー」なのだ。

信友家の三人 ©「ぼけますから、よろしくお願いします。」製作・配給委員会

INFORMATION

「ぼけますから、よろしくお願いします。」
監督:信友直子
プロデューサー:大島新・濱潤
製作・配給:ネツゲン・フジテレビ・関西テレビ
http://www.bokemasu.com/

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