「陸上の水槽だけで養殖する」というチャレンジ
「弊社の養殖は陸上養殖というもので、近年になってようやく技術が確立されたもの。鳥取県がサバの陸上養殖の研究を進めているのを知りまして、2015年にこちらから『共同研究をしませんか?』と持ちかけました」(石川サブリーダー)
陸上養殖は、海面ではなく完全に陸上の水槽で行う(水は深層から汲み上げた海水などを使う)養殖だ。そのため、水温や水質の管理が容易で、海洋汚染・自然災害などによるリスクを大きく下げることができる。アニサキスをはじめとする寄生虫やウィルスもほぼゼロにすることができ、生食にも適するというわけだ。
「ですから共同研究に入った時点ではどうなるかは正直わからなかった。ただ育てればいいわけではなくて、味も大事ですからね。安定して出荷できるようになったのは最近になってからです」(石川サブリーダー)
サバの養殖を手掛けるのは元漁師……ではなくて、元駅長
ではこの“陸上養殖”とは、どんなものなのか。実際にいくつか現場を見させてもらった。最初に足を運んだのは、「お嬢サバ」の生産を行う鳥取県岩美町。網代漁港の堤防の突端に、大きな水槽がいくつも並んだ養殖場があり、水槽の中ではサバたちが元気に泳ぎ回っている。ここはJR西日本が自ら運営している養殖場で、責任者の吉村さんは魚のことなら右に出るもののいない元漁師……ではなくて、なんと元駅長なのだとか。
「別に魚釣りが趣味だったわけでもないですからね、だから最初はびっくりでしたよ。でも、基本的には同じなんですよね。鉄道もサバも『なんとなく』ではダメ。小さなトラブルにもしっかりと根拠のある対応をしないと。そうやって鉄道の安全もサバの安全と美味しさも守るわけです」(吉村さん)
そう言いながら、優しい表情でサバの水槽に餌をまく吉村さん。
「できるだけ一匹一匹の顔を見ながらね。サバは水槽に沈んだ餌は食べません。だから、体調が悪いと他のサバに負けて食べられなくなってしまう。そういうサバは他の水槽に移してあげないとダメだから、餌やりも気を使うんですよ」(吉村さん)
と、元駅長もいまやすっかり“漁師”の顔。知識も技術もゼロからのスタートだったから、しばらくは寸暇を惜しんで試行錯誤を繰り返し、ようやくノウハウを自らのものにしたのだとか。
「おかげさまで、お嬢サバをおいしいと言ってくださる方も増えた。一匹一匹、愛情を持って育てていますからJR西日本のお嬢サバ、ぜひたくさんの人に知ってもらいたいですね」(吉村さん)