何億円もかかっていたDNA解析が今は数百円でできる
──オファーの段階でシナリオはすでにできていたんですか?
三宅 大枠だけです。中高生が野山で植物を採取してDNAを調べる「森のDNA図鑑」プロジェクトに参加する、という枠組みだけです。そして、きっとそこでは恋愛や友情物語が生まれるだろうな、というくらいの想定。
──DNA採取のあの活動は、もともとYCAMで実施している企画なんですよね。
三宅 YCAMにはバイオラボという施設があり、「YCAMバイオ・リサーチ」としてDNA採取のワークショップなどを実際にやっています。僕も一度参加したんですが、SF映画みたいな実験に僕のような素人が気軽に参加できたことがすごく面白くて。かつては、植物からDNAを採取してその塩基配列を調べることは、どんなに安くても何億円とかかる作業だったのが、今では数百円くらいで簡単に調べられるようになったらしいんです。そのおかげで、かつては植物の名前を知りたいと思ったら植物図鑑を使って推測する他なかったのに、今は、DNAを調べることで特定できるようになった。そういう、以前はお金がすごくかかって専門家しかできなかったことが、安く手軽に誰でもできるようになったという歴史の変化は、映画においても同じだな、と。映画も、かつては大会社がフィルムで作るもの、ごく限られた人しか携われないものだった。それが今では、iPhoneで誰でも撮れてしまう。そこで、バイオ科学の先端と映画の先端が交われば、安く手軽にSF映画ができるってことか!と考えました。それに、中高生たちが植物を発見する表情にカメラを向ければ、彼らの生き生きした姿が撮れるかなと。
「演じた方が楽だから演出して!」
──映画は、バイオ・リサーチの場面から始まって、だんだんとラブストーリーに発展していきますよね。
三宅 もともと一本の完成されたシナリオがあったわけではないんです。毎週平日に「次の土日は誰と誰が来るから、あの山でこういうドラマを作ろうか」と、日記のような形で書いていきました。劇中で提示される日付はほぼ撮影日と一緒。印象に残っているのは、彼らは演技経験がほとんどないけど、「演じた方が楽だから演出して!」と自ら要求してきたこと。それでシナリオもどんどん劇映画としての強度が増していきました。実は当初、どこまで演出すべきか悩んでいたんです。一方的に何かを命じるような関係はイヤだし、こっちから余計な要求をしすぎて彼らの鮮度を損なってしまうのも怖かった。でも、生々しさを捕まえるために劇や演出が必要なこともある、ということを彼らに教えてもらいました。それと、例えば一目惚れする瞬間って僕らの人生にはあるけど、その瞬間は簡単には映らないから、それを表現するためには劇や物語が必要だね、ってことも一緒に考えられた。で、そうとなったらちゃんと物語を作ろう、と思って、じゃあ恋愛モノをやるか、と。人はなぜ演技をするのか、なぜ映画は物語を描くのか、その根本を辿る作業を、『ワイルドツアー』で体験できた気がします。