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得能さんが「返せ」と叫んだ理由「本音をぶつけるのは元島民しかいない」

 後ろの席の友だちが「返るわけねえべ」と冗談交じりに軽口をたたいたが、得能さんは頑として「返せ」コールを止めなかった。

「みんな、中央の気持ちを忖度して、返せって言わなかったと思う。ぼくだけじゃなくて、手を挙げる人が出てほしかった。忖度だよ、そういうの。それで島が返るならいいけど。でもさ、こんなふうでは、島は返ってこないわ」

 得能さんは85歳を越えてなお、元気で返還運動に取り組む、そして色丹島に帰るのを目標にやってきた。85歳に到達した今、もっと頑張らなければと自身に鞭を打っている。

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「根室は原点の地だ。本当の本音をぶつけるのは元島民しかいない。そうしなければ、歴史がわかんなくなっちゃうんだよ」

根室ではロシア語だけの交通案内板まであった。上から、釧路、-厚岸、厚床、根室駅、インフォメーションセンターと書かれている。

二島だけ返還でもメリットはある……しかしそれすら困難に

 米屋聡さんはJR札幌駅にいた。電話の向こうで構内のアナウンスがせわしく流れていた。「大丈夫、今話せますよ」と米屋さんが言う。筆者が根室に来るのと入れ違いで、札幌へ出張に出たのだった。

 今年、還暦を迎える米屋さん。母親が歯舞群島・勇留島出身の二世だ。筆者が2年5カ月前の根室取材で会った当時は、米屋さんも「最低でも二島来るかな?」と、やや半信半疑ながらも希望を語った一人だった。

 そして、今はどうか。

「反対派のデモもそうだけど、自分が想像した以上にロシア国内の反発がすごく強いと思う。相当難しいよ、ロシアの状況は。いかにプーチンといえども、強引にはできない。譲歩するのは難しいよね」

 米屋さんの意見は現実的で面白い。かつて二島だけの返還でも大きなメリットは2点あると教えてくれた。

 一つは、歯舞・色丹が戻ってくると、海が広がるということ。歯舞・色丹二島の合計面積は北方四島全体の約7パーセントにすぎないが、色丹沖の漁場が返る意味は大きい。

 二つ目は、平和条約を結んで国境が確定した後のこと。今は墓参やビザなし交流でしか行けない国後・択捉でも、ロシアのビザをとって、自由にビジネスできるようになる。「根室の商圏が広がるんだよ」と、米屋さんが力説したことが忘れられない。

 しかし、今、米屋さんは「難しい」を連発するようになった。

「こう言うと語弊があるけど、ウクライナ情勢を見てもロシア国民は過激だよ。プーチンより過激かもしれない」

 米屋さんは二島引き渡しの可能性は残っていると思っているが、「それも難しさがあるよね。結局、ロシア国民が納得する道筋を見せられるか、です。だから難しい」と、見立てを語ってくれた。

 ただ、公平を期すために紹介するが、元島民と後継者のみんながみんな悲観的になっているわけではない。楽観的とまでは言えないが、希望を捨てていない人たちもいる。