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苦学生、フリーランス、シングルマザー、傷病者……必死に生きるとは何か

パフォーマンスで「働き方改革」と言ってる場合じゃない

2019/03/21

 先日、藤代裕之さんというメディア論の人が、いまどきの大学生に求められる勉学の量と大学に子どもをやる保護者の感覚のミスマッチについて考えさせられるコラムを掲載していました。そういえば、藤代さんヤフーニュースと喧嘩してませんでしたっけ……?

 シラバスの厳格化と「生活費はバイトで稼いで」と言う保護者の間で詰む学生が出る(藤代裕之) - Y!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/byline/fujisiro/20190215-00114839/

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「レジャーランドとしての大学」は昔のはなし

 で、年間何コマか臨時講師をさせていただいたり、大学やシンクタンク、研究所などで講演をすることがある私からしますと、この記事にある通り文部科学省や大学生の親が思っているような「レジャーランドとしての大学」としての側面は鳴りを潜め、ちゃんと勉強して文献に目を通しレポート書いて試験を受けて簡単な論文も書いて、ってぐらいに取り組まないと単位がもらえないケースも多くなっているわけです。

 言われてみれば、私の親父(現在89歳)なんかも、私が大学に上がるときに「大学に入ったら酒もたばこも博打も何でも大っぴらにやれるし、思い切り満喫しなさい」とかいうモラトリアムな雰囲気の言葉を頂戴した記憶が残っているのですが、最高学府たる大学もまあ随分様変わりしているんですよね。

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今風の「大学生の流れ」は慌ただしい

 たとえば先日、新潟大学から講義に呼ばれて行ってきました。いろいろ喋ったうえで大学生に問題意識をお伝えし、その問題を解決するためのちょっとした設問込みのワークショップをやったのですが、メモ書き程度に渡したはずのA4用紙2枚にみんなみっちり鉛筆でテーマの整理や考えをまとめたものを書き込んでいたのが印象的でした。みんな真面目で超ヤバイ。私のころのグータラ大学生はどこに行ってしまったの。私の大学生のときなんかは講義そっちのけで紙ヒコーキが飛び交うぐらいの勢いだったのに時代が違います。

 必然的に真面目に授業することを強いられ、学生さんの熱量に引っ張られるような形になるわけですけど、話として目を引くのは「大学の授業や宿題・レポート提出と、就職活動と、生活の費用をねん出するためのアルバイトとに時間を割かれ、大学生活はとても慌ただしい」という声がたくさん聞かれたのです。もちろん、地域柄として大学生のうちに自動車免許ぐらいは取得しておこう、というのはあるかもしれませんが、基本的に皆さん大学に遊びに来ている雰囲気はありません。すげーな。

 最近は特にインターンが必修単位になって受け入れてくれる先の捜索から就職活動まで情報収集の連続であり、この今風の「大学生の流れ」に乗り遅れると良い就職先が見つからないどころか卒業もままならないという、日本の大学生の風景の殺伐さ加減はちょっと可哀想です。