岡田氏、西野氏の結果を“たまたま”と言えるだろうか
2018年W杯ロシア大会では、大会直前にハリルホジッチ監督が解任された。監督の恐怖政治から解放れたところで西野朗監督は選手の自主性を重んじて選手のやる気を促した。その結果、選手のモチベーションとパフォーマンスが飛躍的に上がった。わずか2か月の指揮でベスト16に進出し、ベルギーをあと一歩のところまで追いつめたのだ。
これらの結果を“たまたま”と言えるだろうか。
大会前1か月のチーム大手術は岡田監督にしかできないだろうし、西野監督もチームの問題点をいち早く見つけて改善し、結果を出した。もちろんそこに至るには前監督やそれまでの積み重ねがあるからだが、W杯で結果を出すことだけを考えれば同じ監督が4年間指揮する必要性は感じられない。もはや4年かけて1人の監督が選手に手取り足取り教える時代ではなく、極端な話、W杯だけは選手をよく知り、大胆な采配を振ることができる監督に任せてもいいぐらいだ。
1年ずつ3人の監督に任せるという改革案
では、どうすべきか。
1年ずつ3人の監督に任せるのはどうだろうか。
選手だけではなく、監督も競わせ、結果を見て判断するのだ。
そのメリットは大きい。
選手は1年ごとに監督が変わるのでいろんな戦術を学べるし、代表入りのチャンスが増える。そうなればモチベーションが上がるだろうし、代表に選ばれて活躍する選手が増えれば全体の層も厚くなる。選手は常に緊張感にさらされるが、チーム内で競争していくことは、チームにとって絶対的に必要だ。監督もプレッシャーがかかるがいい緊張感の中で仕事ができるし、中だるみやマンネリはなくなる。
デメリットとしてはコンビネーションや戦術が十分に浸透しないなどの問題が生じるかもしれない。1年間では短く、評価しにくいと思う人もいるだろう。
だが、果たしてそうだろうか。