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小泉純一郎「ワンフレーズ政治」の原点は“父親のグチ”だった?――池上彰が語る“小泉像”

池上彰「“戦後”に挑んだ10人の日本人」

2019/03/24

「変人総理」と「田中眞紀子劇場」

 あの頃はちょうど21世紀のとば口に立った頃で、人々は、世界はどうなるんだろうといった期待と不安を抱えていました。と同時に、日本の政治に対する閉塞感を感じてもいました。橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と首相がつづいて、政治がちっとも前に進まない。そこへ登場したのが小泉さん。これをみんな、拍手喝采で迎えたのです。

 小泉さんにとって、2001年の総裁選は3回目の挑戦です。誰もが「あんな変人が総理大臣になれるわけないよね」と言っていたのに、今回は当選しちゃった。ドナルド・トランプが当選したときとオーバーラップしますよね。今のアメリカ社会を覆う空気感は、あの頃の日本とも相通じるような気がするのです。

 とりわけ小泉総理誕生に大きな力を添えたのが田中眞紀子さんです。「凡人・軍人・変人」という、彼女による寸評は卓抜だった。凡人というのは小渕恵三元総理のこと、軍人というのは梶山静六元幹事長、そして変人が小泉純一郎さん。この、いかにも変なネーミングが、絶大な人気を誇る彼女の人気と相まって小泉さんを総理に押し上げたのです。

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 こうして誕生した「変人総理」小泉さんは、眞紀子さんを論功行賞で外務大臣に据えました。もちろんその狙いは論功行賞だけではありません。

 当時の外務省では、機密費流用事件が世間を騒がせていました。機密費を使って競馬の馬主になっていた外務省職員がいたりとか、とてつもない無駄遣いが次々に明るみに出てきたのです。腕力のある眞紀子さんを外務大臣にすれば、それをすべて掃除してくれるだろう……それらが小泉さんの狙いだったわけです。

日朝共同宣言に署名を終え、金正日総書記と握手を交わす(2002年9月) ©共同通信社

「まぼろしの指輪紛失騒動」のばかばかしさ

 ところが裏目に出ました。たとえば「まぼろしの指輪紛失騒動」──。

 眞紀子さんは、指輪がなくなったと大騒ぎして秘書官を盗っ人呼ばわりし、否定されると「じゃ、同じものを買ってきなさい。外務省には機密費があるでしょ」。そして銀座まで同じ指輪を買いに行かせた。ところが、帰宅してみると、ちゃんと指輪はあった……。実にばかばかしい騒動です。

 ばかばかしいでは済まされないのが、2001年9月11日の事件でした。この日、アメリカ同時多発テロが起きました。内閣が緊急招集されたのですが、田中眞紀子さんはずいぶんと遅れて到着した。実は彼女、かねてから外務省の部下に「どんなことがあっても夜、私を起こすんじゃない」と命令していたんです。

 その言いつけを守った外務省の部下たちも情けないですよね。こんな事態が起きたら起こさなきゃいけない。起こさなかったのは、ひたすらいじめられ、うんざりしていた彼らの意趣返しでしょう。

 まだあります。このとき、ホワイトハウスはテロの再発に備えて臨時に場所を移しました。その仮の移転先を眞紀子さんが記者たちの前でペロッとしゃべっちゃった。「スミソニアン博物館の会議室に移します」と。あってはならないことです。次のテロの標的にならないよう、わざわざ別の場所に移したというのに!

 さすがに、たまりかねた小泉さんは彼女を更迭しました。すると内閣支持率は、一時70~80パーセントもあったのに、途端に40パーセントに落ちたのです。

 まだまだ語ることはありますが、この授業は田中眞紀子論ではないのでやめておきます。