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2019/03/24

「僕は速度は遅かったかもしれないけど、その分崩れにくい」

――都倉選手はここまで順風満帆なプロ人生を歩んできているわけではありません。慶応高から慶応大に進学するタイミングで川崎フロンターレU-18からトップ昇格。しかし出場機会に乏しく、J2ザスパ草津に移籍。ここでの活躍が認められて神戸に移籍して再びJ1の舞台に戻りましたが、ここでも活躍できずに札幌時代までブレイクを待たなければなりませんでした。J2で2ケタゴールを3シーズン連続で叩き出し、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督が就任した昨季にJ1自己最多の12得点をマークしました。

「僕自身、理詰めでサッカーをやってきたつもりです。これまではたとえ疑問を感じたとしても、それを抱えながらも結果を出さなきゃいけないというところで難しさがありました。ミシャ(ペトロヴィッチの愛称)は理論から積み上げていくスタイルだったので、僕としてはガッツリはまったんです。チームビルディング、個人への要求についても、一つひとつが理にかなっていて、疑問を感じることもありませんでした。目指す方向に進んでいけば、チームも自分も結果を出せる。そんないい循環がありました。ミシャのおかげでサッカー観の幅がすごく広がった。それはロティーナも同じです。毎日が凄くいい勉強になっているし、刺激を受け、成長できているなという実感を持つことができています」

 

――自分なりにロジックを積み上げてきて考える力が身についたからこそ「ガッツリはまる」ことが可能だったとも言えます。刺激的な外的要素を目いっぱい受け入れられるほどの内的要素が広がったのだ、と。

「若いときにパーンとはねて一度挫折してしまうと、活躍できる舞台になかなか戻れないという話はスポーツの世界でよく聞きますよね。でも僕の場合、時間を掛けて積み上げていった分だけ崩れにくいというか、きちんとした実をつけることができているのかなという気はしています。その速度は遅かったかもしれないですけど(笑)」

(#2に続く)
写真=山元茂樹/文藝春秋

 

◆#2 セレッソ・都倉賢が「Twitterもインスタも積極的にやる理由」
https://bunshun.jp/articles/-/11161

とくら・けん/1986年6月16日生まれ。東京都出身。身長187センチ、体重80キロ。幼稚舎から慶応に通う。2005年、慶大に入学。同年川崎フロンターレのトップチームに。ザスパ草津(現群馬)、ヴィッセル神戸を経て2014年、コンサドーレ札幌に完全移籍。2016年、J2でリーグ2位の19得点、J2優勝。18年にはJ1で12得点を記録、チームのJ1・4位進出に貢献。今季セレッソ大阪に移籍、9番を背負う

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