「警告:これから目撃するものは、貴方を錯乱させ、傷つけるでしょう。それは人間のダーク・サイド。 検閲官が隠してきたものですが……我々はお見せ致します。自己責任でご覧ください」(Vetements 2019年秋冬コレクションより)
この警句は、デムナ・ヴァザリアによるファッション・ブランドVetementsのダーク・ウェブ・コレクションからの引用だ。このような、世界に隠された“真実”を暴く陰謀論チックな「レッド・ピル」的コンテンツがアメリカを中心に増えつつある。
大ヒットドラマにあらわれる、陰謀論モチーフの数々
たとえば、トランプ当選時にも話題になったNetflixの大人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』は、古典的な陰謀論のような物語だ。
1980年代アメリカの田舎町に暮らす少年たちは、あやしい国立研究所から脱走してきた超能力少女と交流するなかで、現実とは別次元の「裏側の世界」があることを知る。劇中、失踪した息子を探す母親はいち早く異世界の存在に気づくが、周囲からは陰謀論に取り憑かれた狂人として扱われる。
同じNetflix作品の『ブラックミラー:バンダースナッチ』は、「視聴者が選択肢を選んで物語が分岐するインタラクティブ映画」であることを活かし、1980年代に生きる主人公が“何者かによって行動が操られている陰謀論的な感覚”に苦しむ様を描いている。
捉えようによっては、アメリカで「新時代ホラー」と絶賛された映画『へレディタリー/継承』も、登場人物の人生が闇の勢力に操られていた、という構図をとる「レッド・ピル」的作品と言えるかもしれない。
これらのコンテンツは、近未来をクールに描いた90年代の『マトリックス』とは対照的に、最新技術の存在を排したノスタルジックな舞台設定を特徴とし、陰謀論モチーフにも意識的である点が目立つ。
陰謀論を信じることが、不安や恐怖への対処法に
陰謀論というもの自体、不安感情が信奉の引き金になることが研究でわかっている。「何者かによって操られている」と説く大袈裟なセオリーは、不安や恐怖を引き起こす問題への心理的な対処方法として機能するのだ。
2018年、アメリカ精神医学会の調査において「去年より不安が増大した」と回答したアメリカ人は39%にのぼった。最も大きな不安要素は安全と健康とされており、半数以上の回答者が政治問題をストレス要因にあげている。
現代人の抱える不安は、日常的なデジタルとSNSへのアクセス等によって、より複雑になったとされる。ダークでノスタルジーな「レッド・ピル」カルチャーは、脅威の源である最新テクノロジーの存在をほぼ描かぬまま、現代社会の不安を映しているのではないだろうか。
しかしながら、その一方、増大する社会不安を反証するかのように、アメリカのポップカルチャーでは「道徳回帰」の流れも起こっている。