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「だって、『幸せそう』って思われたい!」

おぐら 芸能人とかを見ていても同じようなことを感じるんです。撮影の現場で対面したときに「かわいい」とか「かっこいい」と思う人も当然いるんですが、それよりも大事なのは出来上がった写真が「かわいく見える」「かっこよく見える」人のほうが売れてるなって。それこそ「インスタ映え」という言葉は、殺陣における「強そう」と同じ意味合いですよね。たとえば「おいしい」よりも「おいしそう」な画力が重要っていう。

マキタ 見映えの重要性は、近年ますます大きくなっていることは間違いない。

おぐら 2016年には『Domani』という女性誌が「だって、『幸せそう』って思われたい!」という特集を組んだこともありました。

マキタ 幸せそうな人生にしろ、楽しげな生活にしろ、要は他人の鑑賞に堪えられるかどうかを指標にしてるわけだよね。古民家を改装したカフェなんかに行くと、形も質感もまったく違う家具がバラバラに置いてあって、見映えはたしかにいいのかもしれないけど、椅子の座り心地が快適だったためしがない。

おぐら 座り心地を追求した量産型のダサい椅子のほうが快適さは上ですよね。

 

マキタ 店内にはごちゃごちゃした小物とか不安定な花瓶とか置いてあってさ、子供がいたりするとぶつかって壊しちゃいそうだし、居心地も決してよくない。

おぐら 古い蛇口とか。

マキタ 使いづらいったらありゃしない。

おぐら タイルの壁とか。

マキタ 角ばってるところにぶつかったらケガするよ。

おぐら そういう古いものを大事にしようっていう潮流は、大量消費社会を経て、安定供給のチェーン店が乱立したあとの風景なんでしょうね。

「町中華」を文化遺産の感覚でありがたがる風潮

マキタ 一方で、小汚いラーメン屋を「町中華」とか言ってありがたがる風潮もあるでしょ。あれもイヤ。だいたい「町中華」って言葉が好きになれない。

おぐら 需要層としては、おじさん世代のノスタルジーが半分、もう半分はきれいな店しか行ったことのない若い世代が物珍しさから行くんだと思ってます。

マキタ 文化遺産みたいな感覚はあるだろうね。いまではおもしろがってもらってるけど、時代がもっと前なら、店がベトベトしてるとか、営業中に店主が寝てるとか、クレームの対象になってもおかしくないよ。

おぐら 均一のサービスが当たり前になり、それに飽きちゃったんでしょうね。ただ個人的に解せないのは、僕の地元は足立区に隣接する埼玉県なんですけど、スナックとフィリピンパブが当たり前の風景だった身としては、店のツケが払えなくなったおじさんが道で倒れているような、大人から「子供は行っちゃいけません」と言われていた場所になんでわざわざ東京からおしゃれな人たちが来るんだよって。

マキタ そんな物騒なストーリーは、インスタには必要ないからね。

おぐら 都築響一さんが『東京右半分』という本を出したり、東東京がイケてるとか言われてましたけど、こっちはその右半分よりさらに右の埼玉県ですよ。足立区民から「治安が悪い」「ダサい」って言われて育ったんですから。

 

マキタ 秘境すぎて東京人の電波には引っかからない土地だ。

おぐら 文化の圏外ですよ。

マキタ そこからよくサブカル編集者になったね。

おぐら 根本敬さんの本とか大人計画の舞台には、常軌を逸した人や土地のエピソードがたくさん出て来るじゃないですか。そういうのを見て、将来こっちの世界に行けば居場所あるなって思ったんです。

マキタ サブカルに共感しちゃったんだ。

おぐら でもサブカル業界に入ってみてわかったのは、中にはガチの人もいるけど、実際は裏で演出していたというか、それこそ「サブカル映え」なだけで、本当は育ちのいい品行方正な人もたくさんいて、僕が育った環境の話をするとドン引きされたりします。いま映画『翔んで埼玉』が評判いいので観たんですが、あれは過剰にコミカルにしているので笑えますが、実際に僕が埼玉県民として培った自分を卑下する気持ちはあんなもんじゃない、まったく笑えないぞって思いました。