文春オンライン

エリート商社マンだった板谷友弘が目覚めたクロスフィットという「筋肉の道」

全米が熱狂する「the Games」出場に向けて

2019/04/09
note

 目の前にあるのは、約100kgの重りがついたバーベルだ。

 板谷友弘(34)は、大きく息を吸い込むと、腰をかがめて両手でバーベルを掴んだ。一瞬の静寂の後、フッという小さな声とともに、バーベルが跳ね上がる。地面にあったはずの鉄の塊は、あっという間に胸の位置まで拳上されていた。

 

彫刻の様な腹筋と大胸筋が蠢く

 その後は、2回、3回と同じ動作を繰り返す。

ADVERTISEMENT

 178cm、85kgという均整のとれた体躯は、前後にも左右にも全くぶれない。バーベルを引き上げるたびに、彫刻の様な腹筋と大胸筋が蠢く。最初は前腕に感じた重みが、上腕三頭筋から隆起した僧帽筋、広背筋へと伝わっていく。回を重ねるごとに、全身の筋肉の溝に血液が流れ込むのが目に見える。筋肉が弛緩と緊張を繰り返すにつれて、板谷の表情も苦しそうになっていく。

 20回ほどバーベルを挙げ終えると、次は休むことなく1m以上あるボックスへとジャンプする。ジャンプし、ボックスに上り、降りる。呼吸は整わず、苦しそうな声が出る。それでもメニューは続いていく。この動作も20回ほど繰り返すと、板谷はまた先ほどのバーベルを握り直した――。

 

財閥系商社で欧州駐在も経験した

 板谷は、一言で言えば、エリートビジネスマンの道を歩んでいた。

 2009年に都内の国立大学を卒業すると、大学生の就職人気ランキングで毎年、上位に顔を出す財閥系商社へと入社した。

 入社後は資源のトレーディングを担当する部署に配属され、日々、よく働き、よく遊んだ。海外相手の交渉事も多かったが、商談をいくつもこなし、仕事で成果を残すと、5年目からは2年間の欧州駐在も経験した。

 板谷が「クロスフィット」と呼ばれるトレーニングに出会ったのは、そんな時だった。

「もともと大学時代からアメリカンフットボールをやっていて、社会人リーグでも続けていたんです。最初は競技のためのトレーニングとして取り入れたんですが、ちょうど海外駐在のタイミングもあって、フットボールを引退することになった。そこからクロスフィットに本格的にのめりこんでいきました」

 

 クロスフィットとは、歩く・走る・起き上がる・跳ぶなどの日常生活で行う動作をベースに、それぞれを万遍なくトレーニングすることで、基礎体力アップ等を計るトレーニング方法のことだ。

 いわゆる重いウエイトを上げるような筋力トレーニングだけでなく、自分の身体を操る体操的な要素や、バイクやトレッドミルを使った有酸素的な要素も求められる。全身体能力の強化を効率よくできるトレーニング法で、発祥地のアメリカでは軍や警察の育成、サバイバルトレーニングにも取り入れられている。