全米が熱狂するほどの人気イベントに
また、クロスフィットはトレーニングであるとともに、スポーツ競技でもある。例年8月には「the Games」と呼ばれる大会がアメリカで開催される。世界中で50万人以上が参加するオンライン予選から始まり、地域予選を勝ち抜いた男女40人の選手がフィットネス世界一を競いあう。大会の観戦チケットは数秒で売り切れると言われ、最終日はESPNで生中継される。優勝賞金は3000万円超。全米が熱狂するほどの人気イベントになっているのだ。
そんなクロスフィットに、板谷はすぐに魅せられた。
「練習をやればやるほど、もっとやらないといけないことが出てくるんです。パワー系の種目と体操系の動きと、有酸素系のものがあって、それだけでも3つの要素が必要になる。さらに、その3つの要素をコンビネーションにして種目ができているので、組み合わせの中で高いパフォーマンスを発揮するにはどうしたらいいかという部分まで問われる。例えばパワー系の練習ばっかりして、ウエイトリフティングが伸びた、でも体操の動きと一緒になると全然伸びないということもある。その辺がすごく面白くて」
いろいろな動作を組み合わせたオリジナルの種目
クロスフィットには、競技として決められた種目は存在しない。大会では、その直前にいろいろな動作を組み合わせたオリジナルの種目が発表され、参加者はそれに対応していかなければならない。
例えば、昨年のthe Games予選で採用された種目のひとつは、45kgのバーベルを胸に担いでフロントスクワットをし、そこから立ち上がって、バーベルを頭上まで持ち上げる。それが終わると、休みなしで懸垂を行う。懸垂は毎回両腕を伸ばし切った状態から始めて、胸を鉄棒につけなくてはいけない。
その2つの種目を、第1ラウンドはそれぞれ3回ずつ、次は6回ずつ、その次は9回ずつ……という具合に、ラウンドごとに3回ずつ増やしていって、7分間でどれだけ回数をこなせるか競うというものだった。
ひとつめの種目は体が大きくパワーのある人が有利、懸垂は逆に身軽な人に有利なワークアウトだ。7分間ぶっ通しで回数を競うので、心肺スタミナと筋持久力も大きな要素になる。参加者のありとあらゆる身体能力を試すように工夫されているわけだ。
板谷もクロスフィットを始めた頃は、やればやっただけ記録も伸びた。身体がどんどん「動ける」ようになっていくことも実感した。そんな風にシンプルな成長を実感できたり、試合前の緊張感やプレッシャーを感じられるという環境も、社会人生活が長くなっていた板谷には新鮮に感じられたという。
朝の1時間で、少しでも記録を伸ばしたい
ただ、あくまで本業がある以上、トレーニングの時間には制約があった。毎日朝は5時半に起き、始業前に6時半からのクラスに通った。
「どうしても追い込んで練習をすると、日中眠くなったりしちゃうんです。だから眠くならないように、食事もうまく考えて食べるようにしていました。血糖値が上がりやすい米やパンは極力、食べない。朝もベーコンエッグとフルーツやナッツを入れたヨーグルトとかですね。会社に行ってからはりんごを食べたりして、なんとかやっていました」
もちろん残業が深夜に及ぶ日もあった。それでも板谷はそのルーティンを崩さなかった。
朝の1時間で、少しでも記録を伸ばしたい。少しでも追い込んだトレーニングをしたい。
板谷のそんなストイックな想いは、時に追い込みすぎてトレーニング中に倒れそうになるほどのものだった。