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「物件は見つかっているから」と声をかけてくれた知人

 退職後は、自分でジムを開こうと情報を集め始めた。だが、そう簡単には希望に合致する場所は見つからなかった。そんな時に板谷に助け舟を出したのも、クロスフィットを介した知人だった。

「最初は自力で物件を探していたものの、なかなかいいのが見つからなくて……。でも、そうしている間にもどんどん大会は迫ってくるじゃないですか。そんな時に、知り合いが話を持ってきてくれて。『物件は見つかっているから、サポートをお願いできないか』と言ってもらった。彼はもともと僕がいたクロスフィットジムのメンバーだったので、その縁で声をかけてくれました」

 トレーナーとしてトレーニングに集中できる環境になったのは、今から半年ほど前のことだったという。

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「練習量でいうと、これまでよりは充実していたと思います。あとは無音の中でトレーニングしてみたり、環境面に左右されないメンタルのトレーニングも取り入れました」

 

 この頃の板谷のトレーニング内容は、例えば以下のようなものだ。

・9kgのボールを頭上約3mにあるターゲットに30回当てる
・二重跳び100回
・クリーン&ジャークを100kgの重量で10回

 この3種目を1ラウンドとして、ラウンド毎に3分の休憩を入れて合計4ラウンド行う。このような高強度のトレーニングに1日2回、週6日間打ち込んだ。もちろん内容は日々、変えていく。トレーニングで失う膨大なカロリーを補うために、和菓子を常備していたという。

 そして、迎えた今年の2月から3月にかけて行われた「the Games」の予選――本格的にトレーナーとしての生活をはじめてわずか半年にもかかわらず、板谷は2位に食い込んだ。また、中国で行われる「the Games」に次ぐランクの大会の予選も突破し、出場を決めた。

 

「次こそはアメリカに行きますよ、絶対ね」

「the Games」の予選では、途中までトップを走っていたものの、苦手の体操系種目で順位を落としたことが響いたのだという。板谷は悔しさをにじませる。

「『the Games』に出られるのは各国ひとりだけなんです。だから、2位じゃ意味がない。でも、振り返ってみると負けるべくして負けたのかなと思うところも多くて……。会社を辞めてからの1年間でもっとやっておけば戦えただろうけど、結局、まじめにやったのってこの3カ月くらい。『なんとかなるだろう』という甘えがあった。

 あとは初めてトレーニング量が増えた時に、5週間にも渡る長い予選でコンディションを保つ方法がよく分らなかった。期間中に3度も風邪をひいたし、1回肉離れもしましたね。自分を客観的に見られるコーチもいなかった。とりあえず辛い練習をやるみたいなところがあって、ついやりすぎちゃう。そこは対策していければと思っています」

 悔しさはもちろんある。でも、目指す夢を語る板谷の表情は、とても楽しそうだ。ビジネスマン時代も、こんな風に無邪気に笑えていたのだろうか。

 そして、最後はこんな言葉でインタビューを締めくくってくれた。

「課題は少しずつ修正出来ていると思います。次こそはアメリカに行きますよ、絶対ね」

 

写真=末永裕樹/文藝春秋