「全社員 島耕作」な会社は幸せか?
上野 女の働き方が変わるのはいつなのでしょうか? 男性中高年問題が解決すると、自動的に変わっていくと思われますか?
濱口 昔は、(そういう言葉はありませんでしたが)男は総合職、女は一般職、と明確に分かれていました。それが90年代に少し緩み、一方で一般職が非正規化していきました。けれど、一周回ってきてみて改めて、「無限定じゃない一般職ってそんなに悪くなかったんじゃないか」、とも考えられるようになった。そこそこの雇用の安定がありながら、いわばB級正社員として生きていく道が残されていたというわけですね。「一般職」が、女性差別を糊塗するために作られたという歴史には問題がありますが。
上野 最初からB級正社員の道しかないのですか。先日、女子学生が「がんばったのにエリア限定正社員しかゲットできなかった」と嘆いておりました。意欲も能力もある女性たちが、「アスピレーション(達成欲求ことやる気)のクーリングダウン(冷却)効果」によって潰されていく、この現状をどうご覧になりますか?
濱口 私はむしろ逆だと思っています。学校を卒業して何千人と入った「平社員 島耕作」が、全員「社長 島耕作」を夢見るよう、社会からも無理やり過剰にヒートアップさせられていたことこそ問題だった。グローバル社員とかごく一部が「島耕作」をやればいいのであって、他の人はローカルで良いのではないでしょうか。
上野 ミスター・リゲインの時代は終わったと。ならば女性だけでなく、男性も正気を取り戻すべきですね。
意識は現実の変化から10年遅れる
濱口 人間の意識は現実の変化から10年くらい遅れるものです。ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代のズレが90年代に露呈して、ようやく次は万人エリートモデルを崩すときが来るんじゃないでしょうか。
上野 私も意識は現実の後を追うと思っています。超高齢社会では、ワークライフバランスは長いタイムスパンで考えなければなりません。男性は生涯の最後に仕事中心ライフを送ってきたツケを払っていますよね。孤独死とか、子どもに嫌われるとか、妻に熟年離婚されるとか。無理に無理を重ねてきていますから。
濱口 そういう考え方もあります。ただ、変わるか変わらないかの主語が企業である限り、結局イニシアティブを持っているのは先程も言いましたように人事部の一人ひとりなんです。そして彼らの職務は会社員のプライベートや老後まで考えることではないんです。
そういう意味では、私は労働専門家なので、退職後の生活のことまでは分析していません。この本は現状分析がメインで、その問題への答えがあるわけではない。とりあえず企業は「スカートをはいた男になれ」というスタンスで待ち構えているということをしっかりと認識してほしいと思っているのです。
上野 ジェンダー研究者は幸せを研究するものなので、そうはいきません。それはどの立場にいる女性に対しても同じです。『「育休世代」のジレンマ』(光文社新書)を書いた中野円佳さんは私の教え子なんですが、彼女は、「上野さんたちは勝ち組女に厳しいけれど、勝ち組女にも涙がある」って言うんですよ。私は女性たちの怨嗟を聞いているわけですから、彼女たちの幸せを願いたいのです。