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カープと被災地――災害ボランティアで気づいた“人と人を繋ぐ球団”がある喜び

文春野球コラム ペナントレース2019

2019/05/06

 突然ですが、自分は災害ボランティアをしています。きっかけは、2014年8月20日に発生した広島土砂災害(※正式名称=平成26年8月豪雨)。じつを言うと、被災地の中で最も大きな被害をもたらした広島市安佐南区(あさみなみく)という地域は、自分が育った実家のある場所。東京から慌てて帰省し、災害発生から5日後の8月25日には復旧作業、つまりボランティアに参加していました。

2014年の土砂災害 被災地の様子 ©文藝春秋

 そこから約4年が経過した昨年7月6日、まだ記憶に新しい西日本豪雨災害(※正式名称=平成30年7月豪雨)が発生。驚異的な雨が西日本全域を襲い、またしても広島は「被災地」に。実家から遠く離れた地域ではありましたが、それでも故郷は故郷。自分は広島土砂災害の時と同じように時間を作って何度も広島に帰省し、来る日も来る日もスコップを握って泥だらけになり、滝のような汗を流し、ひたすらの大量の土砂と闘い続けたのです。

 そんなことを書くと「あれ? なんか重たい話?」と思う人がいるかもしれませんが、そうではありません。2014年の広島土砂災害、そして2018年の西日本豪雨。広島という地で災害ボランティアを続けていく中で、自分はあることに気づいたのです。

 ズバリ。それは「カープ」です。毎日のように顔を合わせるボランティアの人がいると、自然と仲良くなる。さらに、被災された方のお宅。なんとかこの泥に埋まった家を、部屋を綺麗にしてあげたい、最後まで作業をやり遂げたい。そういう思いから同じお宅に通うことが多くなるのですが、時間が経つに連れ、ボランティア仲間との距離だけではなく、顔見知りになった被災者の方々とも仲良くなって普通の世間話をするようになっていくんですよね。もうお気づきの方がいるかもしれませんが、そうです。そんな世間話の時に出るのは、決まってカープの話題なのです。

世間話はカープが中心だった ©文藝春秋

未曾有の土砂災害の中で

 2014年の広島土砂災害。この時、カープはCSに進出できるレベルにこそなっていましたが、優勝の二文字はまだまだ遠い存在。率直に言えば「狙うは3位という名の頂点!」というチーム状況でした。広島土砂災害が起きたのは夏、すなわちシーズンの真っ最中。朝を迎えて現場に行くと、前日のカープの結果によってみんなのテンションがぜんぜん違うんですよ。カープが勝っていれば大きな声で「はい、おはよう!」。みんなも元気に「おはよー! 今日も頑張ろー!」。逆に負けていれば低いトーンで「おーい。昨日のカープ見たかー?」。すると誰かが「見たよ。もう今日はヤル気が出んわ」と言い、さらに誰かが「じゃあ帰っちゃう?」と言って「はははは」と笑う。文字にすると不謹慎に見えてしまうかもしれませんが、別に本気で怒ったり帰ろうとしているわけではありません。

 さらにその会話には、被災されたお宅のお爺ちゃんやお婆ちゃん、下手すると通行中のお父さんやお母さんも普通に参加します。自分たちがいるところに歩み寄ってきて「ええよ。昨日はマエケンが頑張らんかったけぇ、アンタらも頑張らんでええ。今日は帰って酒でも飲みんさい」と笑顔で言う。それを聞いた通行中の(厳密には通行を中断した)お母さんは「ホンマよ。昨日のヤケ酒からの迎え酒よ。あははは!」。まさに老若男女。ボランティアだとかボランティアじゃないとか、そういう次元ではなく、ただカープが好き。広島人として、街にいる人、会社にいる人と同じように、カープをネタにした世間話をするのが好きなんです。カープで心の距離を縮めていくのです。

 2014年の10月。当時まだ「メジャーリーガー」だった黒田が、なんの前触れもなく被災地を訪れてくれました。しかもそこは、自分たちがいつも作業をしていた場所。住人の方が写っているのでここで紹介することはできないのですが、その時の生写真はサテライトと呼ばれるボランティアの拠点のホワイトボードに貼られ、いつもみんなに勇気をくれました。そしてシーズンオフ、黒田と新井がカープに電撃復帰することが決定。待望の2015年シーズンが開幕し、カープは優勝候補に挙げられ、優勝の二文字に期待を高めまくった自分たちは、毎日、現場に着いて作業内容を確認すると「今年こそ優勝しますように。じゃあ行ってきます!」。サテライトに貼られた黒田とマエケンのポスターに手を合わせたりタッチしたりしながらそれぞれの現場に向かいました。私の記憶が正しければその年のカープはビックリ仰天の4位でしたが、それでも日々の原動力となり、世間話の対象であり続けたのです。

黒田とマエケンのポスターに手を合わせる女の子 ©ガル憎