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「移民の体罰」という難題――子どもを叩く“在日外国人の育児”にどう向き合うか

2019/05/13
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近所の中国人ママの金切り声と男児の泣き声

 私は在日外国人が多い地域の安アパートを仕事場にすることが多い。職業柄、外国人が多い場所のほうが新しい発見や刺激を得られるし、なにより賃料が安い。加えて、同じ値段なら都会的なワンルームマンションよりも畳敷きで広い築数十年の木造アパートのほうが落ち着くという個人的な好みもある。

 例えば、数年前の仕事場は京王線沿線、東京外大に近い飛田給にあった。

 だが、物件に入居して間もない春の夕方に、隣の集合住宅から女性の金切り声と、小学生くらいの男児の泣き声が聞こえてきた。間歇(かんけつ)的にバシッ、バシッと音が聞こえ、その後に子どもの泣き声が大きくなる。会話の内容や音の感じからして、母親が子どもを殴っているように聞こえる。

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 女性の日本語は文法が不正確で、独特のアクセントがある。明らかにネイティヴではなく、おそらく正規の日本語教育をあまり受けていない中国北部出身者だと思われた。ただ、子どもを叱る際の家庭内言語に日本語を使っている点から考えて、日本に一定期間以上は定住している人だろう。

 本来、私は騒音には寛容なほうで、子どもの遊ぶ声や隣人の音楽はほとんど気にならない。近所の若い男が大音量でAVを見ていても平気である。ただ、ヒステリックな金切り声と子どもを叩く音となると、さすがに気持ちが落ち着かないし、仕事の手が止まる。

 もちろん、育児には人知れぬストレスも多いはずだ。なので1回だけなら特別な事情があったのかもしれないと思ったが、その後も1週間~10日に1回くらいのペースで殴打音と泣き声が聞こえてくるのである。

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教育熱心だから「体罰」

 中国では近年、家庭内暴力や児童虐待を問題視する風潮が高まり、2014年には「児童および家庭法」、2016年には「反家庭暴力法」が施行され、さらには児童虐待をより明確に禁止する法律の制定も議論されている。だが、これは逆に言えば、つい数年前までは児童虐待やDVを規制する法整備や社会意識の成熟が不十分だったということだ。

 過去に1000年以上も科挙の伝統を持ってきた中国は、現在もなお日本をはるかに上回る学歴社会であり、家庭においても猛烈に教育熱心な親(特に母親)が多い。教育上のしつけや、成績が悪いことへの懲罰を理由にした体罰もそれほど珍しくない。特に地方都市や農村部の出身者の場合はそうだ。

 近年、日本社会で大きなニュースになる児童虐待の事例には、親が極端に嗜虐的な気質の持ち主だったり、若い母親の連れ子にヤンキー気質の継父が暴力を加えたりというような「病んだ」話も多い。しかし中国の場合、ごく普通の親がごく普通の愛情を持って子育てをするなかで、子どもを殴る例がまだまだ存在しているのだ。

 考えてみれば日本でも、昭和~平成初頭までは、家庭内での軽い体罰は社会的に問題視されていなかった(漫画版の『ドラえもん』のジャイアンのママや、『クレヨンしんちゃん』のみさえの例がわかりやすい)。心情的に強い抵抗感こそ覚えるが、ある文化圏のなかで、ごく普通の親が育児のなかで体罰を用いる習慣があることは、ひとまず理解はできる話である。