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「移民の体罰」という難題――子どもを叩く“在日外国人の育児”にどう向き合うか

2019/05/13
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しつけとして体罰が行われるベトナム

 ベトナムは国際的にも児童虐待が深刻な国だとされている。中国と同様にもともと儒教文化圏で、教育熱心な文化があり親の権威も強いためだろう。2014年のユニセフの報告では、2~14歳の子供の75%近くが激しい虐待を受けた経験を持つという調査結果が発表されている。

 ただ、国際社会の基準では「虐待」であっても、実態としては中国や昭和期の日本と同じく、しつけの一環として親が当たり前におこなっている体罰がかなり含まれているようにも思われる。

 私はかつて著書『境界の民』(2019年4月、新装文庫版『移民 棄民 遺民』が角川文庫で刊行)のなかで、首都圏と関西で暮らすベトナム難民の2世たちを取材したことがある。彼らに他の日本人の家庭とのカルチャーギャップを尋ねた際、やはり複数の2世たちが口にしたのは、ベトナムの教育方針では体罰や激しい叱責が比較的当たり前におこなわれることだった。

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――だが、それは知っていても、隣室で子どもが叩かれる音は聞きたくない。

 さらに困ったことに、前出の飛田給の中国人母子のケースと違い、豊島区のベトナム人家族はまったく日本社会に馴染んでいない。英語はまったく通じず、日本語も「バイト日本語」レベルのごく簡単な挨拶を除けば、複雑なコミュニケーションを取ることはほぼ不可能なのだ。

ベトナム・ハノイの技能実習生送り出し機関。候補生たちが「前へならえ」で整列している ©共同通信社

「子どもを叩いてはいけない」認識自体がない可能性も

 今回の場合、児童相談所への通報は、事態を解決したり両親に日本のNG事項を知らせてあげるような結果にはならず、いっそうややこしい事態を生むかもしれない。

 なぜなら、当該のベトナム夫婦は、母国のローカルな社会では当たり前の方法で育児をしているだけで、「子どもを叩いてはいけない」という認識それ自体を持っていない可能性すらあるのだ。ただの地方自治体職員でしかない児相のスタッフたちが、こうした文化の差異を認識したうえで、言葉の通じない外国人に適切なアプローチを取れるものだろうか?

 大家や不動産屋への相談も、ちょっと悩む。隣室の入居者が同じベトナム人同士ですぐに入れ替わったことを考えれば、例の家族は物件の又貸しなどのグレーな方法で住んでいる可能性もある。私が大家や不動産屋に話したせいで彼らが住む場所を失った場合、若夫婦については自己責任として仕方ないとしても、小さな子どもがかわいそうである。

 自分でGoogle翻訳を使って手紙を書くことも考えたが、騒音問題は日本人同士でも隣人トラブルの原因になりやすいので、可能ならば避けたい。正直なところ、打つ手は実質的にほとんどないのだ。