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「よろけたついでに由美かおる」誕生秘話

――他にも相談相手になってくれる芸人さんは。

飯尾 相談相手ではないですけど、やっぱりとんねるずさんにもチャンスをいただきましたね。とんねるずさんはホントにフラットで、誰が流行ってるとか関係ないんですよ。芸人が集まって、とんねるずさんのフィーリングでパッとやって、その場でリアクションが面白かったら、次もフッてくれる。そういうやり取りの中で生まれたんですよね、「よろけたついでに由美かおる」は。

―― ああ、そうだったんですか!

飯尾 狩野英孝ともみくちゃになって、狩野英孝に投げ飛ばされたんですけど、すごい変な空気になっちゃって。石橋(貴明)さんに「どうすんの、ペッコリ先生?」って言われたときに、「投げ飛ばされたついでに由美かおる」って言ったら、それで笑ってくれて。もう由美かおるさんには、ほんと感謝してます(笑)。

 

急に「ホタテ~っ!」と叫んだやす

―― 飯尾さんはスベったり噛んだりした時にそれは「生きてる証」だって常々言われますが、そういう境地になれたのはいつ頃ですか?

飯尾 けっこう遅いですね。37歳ぐらいですかね。年末12月の29日か30日ぐらいに、やすと喫茶店でランチを食べた後、優雅にネタを考えていたんですよ。仕事納めだ、なんて言いながら。そしたらキャイ~ンのウドから電話がかかってきて、その日にやる忘年会、ちょっと特番で遅れるって言われたんですよ。

「わかった、わかった」って電話を切って、やすに「キャイ~ンは遅れるってよ、今日。特番で」と報告しているときに、「あれ?」って。そう言えばここで3日連続でランチを楽しんで、優雅にネタ書いてるけど、こんな芸人にとってかきいれ時に大丈夫かって(笑)。「ちょっと、やす、俺たち、ヤバいんじゃねえか。できてるふりして、俺たち何もできてないんじゃないか」って。それでもう、今日から人に甘えようって。MCに甘えよう。バンバン、バンバン、スベってもいいから何でも答えていこうと。「何もなくなったら、好きな食べ物でも叫べばいいじゃないか」って決めたんです。そしたら年明け1発目の仕事で、やすがMCと絡んで、15秒後に「ホタテ~っ!」って叫んでましたね(笑)。ああ、もう言うことなくなったんだって。MCもびっくりしちゃって。「なんだ、キミ、急に」って(笑)。

 だからいっつもぶん投げです。質問して、しゃべって、あと編集してくださいっていう。俺はもう出しましたと。そうしたら「生きてる証」って境地になれて。