「人が恋におちる瞬間をはじめてみてしまった まいったな オレがテレてどーする…」というのは『ハチミツとクローバー』(羽海野チカ、1巻、集英社)の名台詞であるけれども、この台詞が指すように、私たちは、人が恋に落ちる瞬間というものに、意外と慣れていない。

「あ、今この人は恋に落ちかけたな」なんて、傍から見て、そうそうわかるもんじゃない。

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いぶかしく思っていた「テラハ」シリーズを見て気づいたこと

 と、この記事はドラマ版『きのう何食べた?』についての原稿なんだけども、ちょっとその前にNetflixで放映されている『テラスハウス』シリーズの話をしたい。

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 テラスハウス、という名前を聞いたことのない方は少ないだろう。番組サイドがきれいで大きな家と車を用意し、そこで男女6人がシェアハウスをする様子をカメラが追いかける、リアリティーショーだ。

 テラスハウスシリーズ、やたらめったらファンが多く、Netflixというグローバルなプラットフォームのおかげもあって、海外にもたくさん視聴者がいるらしい。ちなみに私の周囲の友人たちもたくさん見ている。

 私も見る前は「他人がシェアハウスのなかで人間関係がざわざわしているのを見て、いったいなにが面白いのだろう……?」といぶかしく思っていたのだけど、どっこい、実際に見てみると「おもしろい……」と呟かざるをえなかった。というか、「軽井沢編」を一気に14話見てしまうくらいには続きが気になってしまった。

テラスハウス OPENING NEW DOORS』HPより

「恋心が発生する過程」がこんなにおもしろいなんて

 テラスハウスがなんでこんなに面白いかって、そもそも他人の人間関係がざわざわしているのを見たいという野次馬根性もとい覗き見精神を満たしてくれるがゆえにゴシップ的な面白さがある、というのは大前提にある。でもそれ以上に、「なんとも思っていなかった他人同士のあいだに、ちょっとずつ恋愛が始まったり、始まらなかったりする過程」を見るのがこんなに面白いとは、なかなか分からなかった。

 それも、カップルになる、つまりは恋が成就するところを見たいというよりは(もちろんそれも見たいんだけど)、そもそも「恋心が発生する」ところを私たちは意外と見たいのである。

 人はいったい、それまでただの他人だった誰かを、いったいいつどのようにしてほかの人とはちがう存在として区別するようになるのか。そしていつ恋を発生させるのか。しかも一度発生しかけた恋がまた沈静化したりするし。この目で、恋が始まったり静まったりする瞬間を見られるのは新鮮だ。