昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2019/06/06

費用は50万円。残された時間は数十日

 そのためがん患者になってしまった自分は己の卵を好き勝手にとることは許されず、「子どもが欲しいなら抗がん剤治療が始まる数十日の間に卵をとるべし。費用は50万なり」というヘビーなミッションを突きつけられたのです。

 そして卵を凍結しても、その使用が許されるのは最短でもがんが寛解としたといえる5年後。もしその間にがんが再発してしまえば、私の年齢的に厳しい話になるのは間違いありません。

 さらに、卵をとるために長ーい針を下から入れて卵巣に突き刺すため、なにかの間違いで針が腸壁を突き破り、大腸に残っているかもしれないがん細胞を子宮にばらまいてしまう可能性もゼロではないといいます。

“卵ミッション”のスケジュールは肉体的にも精神的にも殺人的。子作りという大問題から、入院中のベッドを窓際にするかどうかまで、大小さまざまな決断を迫られた2カ月でした。

 インパクトあるリスクと費用が発生するわりに、子作りできるかどうかは未知数。決行するにしても、2カ月の間に授乳をやめて月経を開始させ、排卵をさせないことには卵の保存はできないはず。

 下手に不妊治療をやっただけにそんな予測を勝手にたてた自分は、誰に相談することもなく、妊孕性温存を諦めることにしました。

「数十日後には間違いなく抗がん剤の影響で授乳できなくなる。ならばできるかどうかもわからない未来の子どもより、おっぱいでしか寝られない、いま目の前にいる息子にギリギリまで授乳しよう」

 自分を納得させるには十分な理由のはずでした。