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東京大学医学部OBが教授として派遣される「植民地」時代は終わった

「白い巨塔」が描いた日本の医学界の変化とは

2019/06/11

論文重視から「手術がうまい」教授が求められるように

 ただ、東大医学部OBの教授が減ったのは、それだけの理由ではないと思います。かつて教授は、論文の業績(インパクトファクター)で評価される傾向が強く、研究できる環境に恵まれている東大医学部OBは教授選で有利でした。また、地方や私立の大学では、中央省庁の官僚とコネがあって研究費を持ってきてくれる東大医学部のOBが歓迎されました。そのため、手術が決して得意とは言えない外科教授も少なくなかったと言われています。

 ところが2000年頃から手術数など医療情報の公開が進み、患者が手術の上手な医師や評判の高い医師を選ぶ傾向が強くなりました。手術ができない外科教授の存在も批判されるようになり、病院経営の点からも「患者を呼べる」実力のある医師が教授に招聘される傾向が高まってきたのです。そのため「東大だから」というだけでは、教授には選ばれなくなりました。

東京大学医学部附属病院 ©文藝春秋

 さらに、東大の医局OBで私大の教授になった医師に、こんな話も聞いたことがあります。やはり近年は、「人柄のいい人が教授に選ばれやすい」というのです。なぜなら、教授たちにとって新教授の選考は、一緒に働く同僚を選ぶのと同義だからです。その際、東大医学部OBは「東大」というだけで色眼鏡で見られてしまうので、「謙虚な人柄でないと東大の肩書がかえって不利になる」というのです。

 もし今、財前教授のような傲慢な医師がいたとしたら、患者とトラブルを起こしかねませんし、同僚からも嫌われてしまうので、東都大であろうと浪速大であろうと、教授選には教授選にはまず通らないでしょう。今でも教授選で出身大学のOBによる組織的な働きかけやライバルを貶めるような怪文書が出るようなことはあると聞きましたが、さすがに札束をバラまくような露骨な不正はほとんどないのではないでしょうか。

 いずれにせよ、東大医学部OBの教授が減る傾向にあるのは事実です。ある大学で教授を務める50代の東大医学部OBに聞くと、「同級生の半数が大学教授、約3割が大病院の部長や院長、残りが開業医など」とのことでした。しかし、これから東大医学部を卒業する人たちが、この通りに出世できるとは限りません。「医学界の頂点に君臨する東大に入りさえすれば、高い確率で医学部教授になれる」という時代ではないのです。

自校OBから教授を選ぶ「自校偏愛主義」の問題点

 ただ、東大OBの教授が減ったことよりも、問題は船尾教授の言うように、「教授は自校のOBから選ぶべきだなどという仲良しグループ的な風潮が幅を利かせ」ていることかもしれません。どの大学も自校偏愛主義が幅を利かせており、とくに東大、阪大、慶應大など、名門校ほど教授陣に占める自校OBの割合が高いのです。

「仲良しグループ」ばかりで、外からの刺激がない閉鎖的な組織だと、切磋琢磨して臨床力を高め合う環境になりにくいのではないでしょうか。それに、医療ミスなど問題があった場合にも、「庇い合い」が起きないとも限りません。

「東大医学部OBの教授が減った」という一面だけを見るよりも、大学医学部全体として臨床力、教育力、研究力を高めるために、どのような人材を教授陣にそろえるべきなのか。『白い巨塔』を反面教師として、考える必要があるのではないかと思います。