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「生命の危険に遭遇するかも知れない」

 これに呼応して翌3月5日東京地方検事局に小山検事総長宛の告発状が提出された。告発者は元陸軍省大臣官房附陸軍主計三瓶俊治氏で、陸軍大将男爵田中義一、陸軍大将山梨半造両氏を背任横領の容疑で調べて貰いたいと云うのである。告発人は陸軍部内の廓清のために一身を犠牲にして敢えて告発すると云うのであった。

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 検察首脳部は告発状の内容を検討した結果これを受理することに決し、主任検事に東京地方検事局次席検事石田基氏が任命された。石田次席は検察が政争の道具に使われることを虞れて極秘のうちに取調べを進める方針を立て、信頼している中島石雄部長検事と大河原重信検事の2人を補助に起用した。捜査に当っては秘密を厳守すること、『この事件は生命の危険に遭遇するかも知れないから慎重にことを運んで貰いたい』と注意した。こんな事情から部内でさえ中島、大河原両検事がこの告発事件に関与していることを知らなかった。

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 告発書の内容(要旨)

 (一)大臣官房主計の定員は二名で陸軍一等主計正遠藤豊三郎、二等主計三瓶俊治の両名が担任していた。大正九年告発人が主計に就任した当時主計室の金庫に八百万円以上の定期預金証書があって預金名義は田中義一、菅野尚一(軍務局長)、山梨半造、松木直亮、預金銀行は田中興業銀行(後に住友銀行と合併)、日本興業銀行、加嶋銀行、三菱銀行、安田銀行、三井銀行。

 (二)右定期預金は逐次公債に換えたが何れも遠藤豊三郎の個人名義で内密に日本銀行、紅葉屋株式会社、神田銀行から買入れた。其任に当ったのは遠藤と三瓶の両名である。

 (三)直接告発人が買入れたのは大正十年十月遠藤主計正病気欠勤の際、松木高級副官から田中興業銀行から現金を引出して日本銀行で公債を買って来て呉れと命ぜられた。官服では困る、私服に着替えて行くように注意されたので、陸軍省自動車にて自宅に戻り私服に着替え、銀行から引出した現金卅八万円(全部百円札)を持って日本銀行から一万円の無記名公債卅八枚を買入れ、松木副官に手交したことがある。

 (四)告発人が田中、山梨等の不正を看破した事情は長州閥以外の者には絶封に知らせなかったことにある。山梨陸軍大臣の下に次官として赴任して来た尾野実信大将には預金公債の有無は一切秘密にしていた。公債利子など遠藤、三瓶両名で整理したが、費途は全然不明である。遠藤主計正と茶飲話に我々がこの公債と現金を持逃げしたら彼等は処置に困るだろうと笑ったこともある。