『おまえの罪を自白しろ』(真保裕一 著)

 政治家というのは奇怪な生物だ。人々の信義という無形の糧を食らい、利権という別の形のないものを吐き出しながら生きている。真保裕一『おまえの罪を自白しろ』は、その政治家が誘拐事件に巻き込まれることから始まる緊迫のサスペンスである。

 誘拐されたのは、衆議院議員・宇田清治郎の三歳になる孫娘、柚葉だ。犯人は宇田のホームページに書き込みをする形で接触してくる。ただし、要求されたのは金ではなかった。翌日の午後五時までに記者会見を開き、おのれの罪を自白しろというのだ。

 折しも宇田の周囲には、公共工事を巡る不正疑惑が持ち上がっていた。もし罪を認めれば、累は自身のみに留まらず、派閥の領袖である安川泰平総理大臣にも及ぶだろう。そうなれば宇田が政治家としての未来を失うことは必至である。

ADVERTISEMENT

 幼い孫の命が危機に晒されている非常事態でも、自身の政治生命を懸けての駆け引きは欠かせない。政治家ゆえのそんなあがきが、警察の捜査と並行する形で描かれていく。

 宇田にとっての生命線は、法務大臣による指揮権発動である。かつて一九五四年に、与党幹事長であった佐藤栄作が造船疑獄事件の責任を追及された際、そのカードが切られて逮捕を免れたことがある。いわば奥の手中の奥の手を使えるか否かを巡り、宇田陣営は官邸サイドと駆け引きを繰り広げる。清治郎の次男であり、秘書を務める晄司の視点から、その生々しい攻防が描かれるのだ。政治小説としてもこのパートは読みごたえがある。

 誘拐を扱った犯罪小説としての特徴は、犯人の目的が身代金ではないことである。誘拐犯が最も逮捕の可能性に近づくのは、人質の家族と接触する瞬間だろう。その危険を減らすためにどのような計画を立てられるか、という点に知恵を絞ることで誘拐小説は進化してきた歴史がある。金ではない何かを要求するというのは比較的最近になって生まれた変形なのである。

 本書では、犯人の狙いがなかなか見えてこない。誘拐は重罪なのに、それに見合った対価を得られるようにも思えない。割に合わない行為に出たのはなぜなのか、という動機の謎を警察側は解かなければならないのだ。技術の進歩は犯罪の世界にも及び、旧来の捜査法だけでは対処が難しくなってきている。そうした現状が巧みに盛り込まれてもいて、現代の世相を感じさせる作品でもある。

 事件の背景として描かれる政治家の不正を読んで、既視感を覚える方も多いのではないか。現実の世界でも過去にさまざまな疑惑が報じられてきたが、十分に追及されることなく、いつの間にか忘却の彼方に追いやられている。見えざる手が動いているのではないか、と疑念を抱いたことがある読者であれば、本書はきっと胸に刺さるはずだ。汚濁の果てに光は見えるか。

しんぽゆういち/1961年、東京都生まれ。91年、『連鎖』で江戸川乱歩賞を受賞し作家デビュー。96年、『ホワイトアウト』で吉川英治文学新人賞、97年、『奪取』で山本周五郎賞受賞など。近著に『こちら横浜市港湾局みなと振興課です』など。

すぎえまつこい/1968年、東京都生まれ。文芸評論家、書評家。著書に『路地裏の迷宮踏査』、『ある日うっかりPTA』など。

おまえの罪を自白しろ

真保 裕一

文藝春秋

2019年4月12日 発売