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追悼・田辺聖子 25歳の働く女性は、田辺作品の「舐めんな」に励まされた

2019/06/15
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「オレはちがうね。ふつうの男とちがうから、金なんかやる必要ない。君、だいたい、うれしことないのんか。そんな、あっちこっちの男とちごて、僕なんかとつき合える、いうだけで、いかす、思わへんか?」

 私は剛の、胸の悪くなる冗談にはもううんざりなのだ。もし本当にそう思っているとしたら、この阿呆は死ななければ療(なお)らない。

「ありがたく思えってわけなの、ああそう。うれし涙こぼしてついていくと思ってんの。どこからそんな自信出てくんの。女の子は、金の顔見せたらキリキリ舞いすると思ってんの」

「ギャーギャーいうな」

「何がいかすのよ、ふん。何を見せびらかしたいの、消防自動車? すぐ凹むくせに、別荘? 御手植之松が聞いて笑わせるよ。そんなもんで恐れ入るあたしと思ってんの!」

 剛はほんとにまた、なぐりそうな顔に見えた。

(p378

 たとえば1973年にこれが田辺聖子の描いた男女の痴話喧嘩だったもんで、主人公も彼氏もすごい迫力やな、と素直に感心しつつ、だけどこの痴話喧嘩を描くのは当たり前じゃなかったのだ、ということを思う。

田辺聖子さん ©文藝春秋

彼氏が主人公に「ナマイキやぞ」

 あらすじを書いてしまえば先ほどの痴話喧嘩は、主人公がとある年上の男性と浮気をしていたらしいことを彼氏が知ってしまい、激昂した彼氏が「いくらもらっとんねん」と問い詰め、「お金だけが男女のあいだにあるもんなわけないでしょーが」と主人公が呆れる……という場面のあとに来る台詞である。

 浮気を知った彼氏が怒るのは当然にしても、それで彼氏から出てくる台詞が、こちらである。

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「ナマイキやぞ、そんなこと……」(p373

 浮気をする女性なんて生意気だ、と率直すぎるこの台詞。ただの痴話喧嘩場面なのに、男女の関係に上下がある、という前提がひそむ。田辺聖子はさらりと、そこを描く。そして主人公に、「どこからそんな自信出てくんの」と言わせるのだ。

 ひとことでまとめてしまえば、主人公が言いたいことは、「舐めんな」である。