囲碁では1手に16時間かけた記録が残っている
「囲碁では、無制限(持ち時間なし)だと星野紀の16時間が最長記録とされています。当時は当たり前でしたけど、有望な若手との対局では体力勝負に持ち込み、相手が眠りそうになったらパシッと打つ駆け引きがあったんです。あるとき、有力棋士が『このままじゃ若者がみんな死んでしまう』といって、持ち時間制が始まったとされています。昭和40年代ぐらいまで、囲碁界のすべての対局は予選も含めて2日制で、持ち時間が10時間の棋戦もありました。
『今日のハマグリは重い』という名言があります。梶原武雄七段と橋本昌二九段の長考派同士の対局で、2日制の対局で1日目にわずか9手しか進みませんでした。白番は梶原七段、白石はハマグリでできていますから、その言葉をつぶやいたそうです。
2日制は、中国、韓国、台湾の囲碁になく、日本独自の文化です。囲碁の2日制は8時間で統一してあり、将棋と同様に封じ手も行います」(山村さん)
まったく無駄になった「5時間7分」の長考
「2日制だと、武宮正樹九段の5時間7分が最長です。1988年の武宮本因坊に大竹英雄九段が挑戦した本因坊戦七番勝負、第5局を2勝2敗で迎えました。静岡県の伊豆にある土肥温泉『玉樟園新井』で行われ、武宮さんが1日目の11時過ぎから手を止めて、大長考に沈みました。大竹さんもずっと座っていて、お手洗いもいかなかったんじゃないですか。武宮さんがようやく打ったのが17時過ぎ。そしたら、大竹先生が本当にノータイムで、バシッと打ち返した。それは武宮さんが1回も考えなかった手で、5時間7分はまったくの無駄になってしまったんです(笑)。
本当か嘘かわからないですが、この大長考は、第4局の大竹さんの長考の影響も指摘されています。大竹さんは『早碁の神様』と呼ばれる早見え早打ちで、将棋界でいえば田村康介七段ぐらいの速さです。その人が4局目で2時間33分も考えた。武宮さんは相当にじれたはずです。それで、第5局で倍返しの5時間6分で打とうと思ったら、1分間違ったんじゃないかといわれたことがありました」(山村さん)