友達や同僚と一局。学校や会社の休み時間に将棋を指すとなれば、だいたいは30分弱で終わるだろう。対戦をマッチングしてくれるスマホアプリ「将棋ウォーズ」だと、各3分と10分の切れ負け、1手10秒の超早指しが基本だ。

 将棋と囲碁のプロ公式戦は、対局者にそれぞれ同じ持ち時間が与えられ、自分が考えた分だけ時間が減っていく。そして、基本的には持ち時間を使いきった場合は秒読みに入り、一手を1分未満に着手しなければならない。短い持ち時間だと1時間以内の早指し戦もあるが、タイトル戦では2日かけて行われる対局もあり、将棋でいちばん長いのは名人戦の9時間。戦う時間が長いからこそ、スタミナが重要で、食事とおやつにも注目が集まるのだろう。

 羽生善治九段は、<短い対局では、すごく良い日もあれば、悪い日もあり、出来不出来の幅が広い。長い対局の方が指した人の正当な実力が出るような気がします>(『羽生善治 闘う頭脳』(文春文庫)P23)と述べている。

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 時間の使い方は棋士によって個性が出やすい。何気ないところから何時間も考えるタイプもいれば、自分の直感を武器に早指しで鳴らす棋士もいる。

 今回は、将棋と囲碁の時間にまつわる記録、エピソードを見ていく。取材に協力してくれたのは、毎日新聞社の山村英樹さん。毎日新聞社(将棋は名人戦・順位戦と王将戦、囲碁は本因坊戦を主催)で将棋と囲碁を担当して、30年以上がたつ。

なぜ1手に5時間24分もかけたのか?

1手にかけた長考記録
■将棋→堀口一史座七段の5時間24分
■囲碁→無制限なら故・星野紀九段の16時間、持ち時間がある場合は武宮正樹九段の5時間7分

 将棋では、堀口一史座七段の5時間24分が1手に使った時間の最長記録とされている。ただ、これはあくまで1日制の対局における記録。無制限、数日かけた対局を含めれば、記録を塗り替える可能性はある。

 2005年9月の順位戦B級1組▲青野照市九段―△堀口一史座七段戦は角換わりの最新形になり、56手目の局面で堀口七段が手を止めた。まだ定跡の範疇で、それまで堀口七段の使った時間は5分。だが、昼食休憩前から手が止まり、指したのは17時45分ごろだった。結果は21時52分に76手で堀口勝ち。大長考で最後まで見きったようだが、堀口七段が読みきったのは自身の負けだった。当時取材していた山村さんは振り返る。

1手に5時間24分をかけた堀口一史座七段 ©文藝春秋

「終局後に長考の理由を伺うと、堀口七段は『先の先まで読んだんですけど、どうやっても1手負けなんです。青野先生が間違えたので勝ちましたけど、あの局面はどう考えても負けだと思いました』といわれました。当日は異様で、控室で対局中の青野さんが『まだ考えているんだよ、相手が。何を考えているんだろう』とおっしゃっていましたね。堀口さんは、最初はノータイムで飛ばして、あるところで何時間も考えるタイプ。あの頃は『そういう時間の使い方は品がない』という風潮もあったと思うんですけど、それがよいとなればほかの棋士も真似しますよね。特にチェスクロックを使うとなれば、1分1秒が惜しいわけですし」