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犯罪被害者遺族の女性が「死にたいなら一人で死ね」に反対する理由・入江杏さんインタビュー

genre : ニュース, 社会

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当事者がメディアや社会から「大きな物語」を与えられてしまう

――入江さんは、お母様が亡くなった後に自身の経験を公の場でお話しするようになりました。なぜでしょう。

入江 属性によって差別や偏見を持たれることを「スティグマ」と言いますが、スティグマ解消には、当事者が自身の言葉で伝えることが大事だと言われています。

 

 当事者がマスメディアや社会から「大きな物語」を与えられ、自分の物語を見失ってしまうことがあります。未解決事件の遺族であることは、常に憎しみの虜になっているように報道されがちです。そうした「物語」は第三者にはわかりやすいでしょうけれども、自分独自の物語を見つめて行く必要があると感じます。

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――実態と違うイメージが広まってしまいますね。

入江 ステレオタイプの「物語」に対して違和感を持ち、個々の「物語」に寄り添ってほしい、と感じるご遺族も多いのではないでしょうか。ケアとは個々の「物語」に耳を傾けることから始まります。

 わたしたちは、とても長い間、警察とともに「悪意を探る作業」を行いました。事件を思い出し、誰かを疑う犯人探しです。とても辛い作業でした。もちろん事件解決のためにしなければならないことだとわかっていますが、もし、その作業をずっと続けていたら、社会への信頼は歪み、揺らいだままになり、回復できなかった。わたしたちに必要だったのは社会や人との結びつきを取り戻すことでした。

 

それでもマスコミ取材に答える理由

――今回の事件では、マスコミの報道被害についても議論がありました。ツイッターで入江さんは、「事件遺族となってカメラの放列に怯えた。亡姪の同級生がメディアに『にいなちゃんのこと教えて』と言われ泣いたことも」と投稿しています。それでも、メディアの取材に応える理由はなんでしょうか。

入江 メディアの「遅効性」という側面に助けられていると思うからです。「遅効性」という言葉は耳慣れないかもしれませんが、「速報性」に対して使われ、文字通り「遅く効く」ことを表します。事件発生直後ならば、報道に一定の速報性が求められるかもしれません。ただ、悲しみというのは一過性のものではない、そして、悲しみとともに生きていかなければならない被害者遺族としては、遅く効く報道に助けられているという感覚があります。

 さきほどお話しした個々の「物語」を発信する際にもメディアの力を借りています。わたしが取材を受けることで、声を挙げることができないと感じていらっしゃるご遺族、当事者の声に補助線を引き、そうした声が少しでも社会に届くようになればとも思っています。外の世界ともう一度つながることで回復できた面は、決して小さいものではなく、外とつながる回路の一つにメディアがありました。