辛い時間や悲しい時間は、決して無駄なものではない
――被害者遺族として、社会がこう変わっていくといいな、と思うことはありますか。
入江 間違ってもいいから、困っている人には手を差し伸べてほしい。失敗してはいけないとか、間違ったら責められるかもしれない、と委縮してしまう空気が日本の社会には見受けられます。動きたいけれど動けない人が多いんじゃないかなと懸念しています。
そして、辛い、悲しいという気持ちを出していいんだよ、という空気を醸成していくこと。東日本大震災に関する報道には、「復興に向けてがんばっています」という記事は多く見かけますが、「今も悲しい気持ちに変わりはありません」「今も亡くなった人を悼んでいます」という記事はあまり見かけません。「いつまでも悲しんでいることが、何の役に立つのか」という考え方があるのかもしれませんが、悲しむこと自体は悪いことではない、という気づきは「グリーフケア」からの大きな学びです。
わたしは事件の被害者遺族になってたくさん悲しみましたが、悲しんでいる時ほど、亡くなった人たちと深くつながっている時間はありませんでした。亡くなった人への愛情が深いからこそ、悲しみも深い。「悲(かな)しみ」とは「愛(かな)しみ」と伝えることも「グリーフケア」の大切なメッセージです。
亡き人との出逢い直しの時間としての「グリーフケア」では悲しみを大切にしています。辛い時間や悲しい時間は、決して無駄なものではない、そういうことを、もっといろいろな人に知って頂けたら、と思います。
写真=釜谷洋史/文藝春秋
入江杏(いりえ・あん)
「ミシュカの森」主宰。上智大学グリーフケア研究所非常勤講師、世田谷区グリーフサポート検討委員。2000年末、世田谷一家殺人事件により、隣地に住む妹一家4人を失う。犯罪被害の悲しみ・苦しみと向き合い、葛藤の中で「生き直し」をした体験から、「悲しみを生きる力に」をテーマとして、行政・学校・企業などで講演・勉強会を開催。「ミシュカの森」の活動を核に、悲しみからの再生を模索する人たちのネットワークづくりと発信に努める。