『「盛り」の誕生 女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(久保友香 著)

“女の子”たちがつけまつげや化粧、スマホの画像加工ソフトなどを利用して、自身の見た目を現実の姿からやや離れた状態にまで変化させる行為。それは彼女たちの言葉で「盛る」と呼ばれている。本書は彼女たちの「盛り」を研究した書だ。著者である久保友香さんが当初、研究対象としていたのは浮世絵だった。両者はかけ離れているように見える世界だが、どちらも“ちょっと不良のサブカルチャー”という点で共通しているのだと、久保さんは熱く語る。

「もともと数学が大好きで、大学も理工系に進みました。でも一方で歌舞伎など江戸文化の好きな両親の影響もあって、花柳や浮世絵の世界も好きだったんです。それで江戸文化の“いき”みたいなものを数値化できないかと考えて、浮世絵を対象にしました。浮世絵は、西洋の写実絵画と違う構図で、デフォルメして描いていますよね。それを数値化してみようと」

 そして浮世絵にあるデフォルメの精神が、現代に通じているものは何かと探して、久保さんがみつけたのが、日本の女の子たちの「盛り」文化だった。

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 1990年代のカリスマ高校生たち、プリクラの誕生、ルーズソックスやヤマンバなどを経て、21世紀の「盛り」に至るファッションの変化。その変化のなかで活躍していた女性たちに久保さんは直接取材し、生の証言をもとに独自の考察を展開している。

「最初はネット上の画像をあつめて“盛り”の特徴の計量分析を試みたのですが、そっくりだという結果しか出なかったので、思い切って彼女たちに直接話を聞きにいくことにしたんです。女の子たちに“なぜみんなでそっくりの顔にするのか”と聞いてまわったなかで、ひとり“自分らしさのため”と答えてくれた人がいて、ハッとしました。確かに多くの女の子たちの“盛り”を見ていくと、当初はそっくりと感じられていた化粧も、つけまつげの付け方や、アイラインの引き方などにみな個性的な違いがありました。“盛り”は、彼女たちがあるコミュニティに属すなかで見せ合う、自分のつくり上げた作品だったんです。だから、“すっぴんの方がかわいいよ”というのは、彼女たちへの褒め言葉として完全に間違っています。スポーツカーのカスタマイズが趣味の人に、“スポーツカーなんて意味がないよ”というようなものです」

 久保さんによれば、いまこの“つくる楽しみ”は国境を越えて、世界中へ伝播しつつある。

久保友香さん

「ツイッターやインスタグラムなどSNSの登場で、コミュニティのなかでお互いの写真を見せ合うことが、世界中で広く行われるようになりました。これは日本の女の子たちがプリクラの時代からやっていたことです。将来、日本の女の子たちの“盛り”文化が、これからのファッションの世界的潮流を読む上で参考になるのではと考える専門家もいます。

 ところが惜しいことに、彼女たち自身はぜんぜん“盛り”で世界をリードしていこうというつもりがない。彼女たちの流行はどんどん先にいっています。いま、原宿の“KAWAII”文化が世界で注目されるようになっていますが、日本の女の子たちは、原宿ファッションをしなくなっています。

 私は“盛り”という言葉も、“ワビ”や“サビ”のような日本人の美意識のひとつとして、世界に向けて広めていきたいと思っています。でもその流行の変化の早さには、ほんとうに驚かされています(笑)」

くぼゆか/1978年、東京都生まれ。慶応大学理工学部を経て東大大学院博士課程修了。博士(環境学)。メディア環境学を専門に研究を進める。2008年「3DCGによる浮世絵構図への変換法」でFIT船井ベストペーパー賞を受賞。