昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

大企業のブックスマート(学校秀才)が優れた社長にならない理由

『社長の条件』冨山和彦氏×『天才を殺す凡人』北野唯我氏による “天才・秀才・凡人”対談#1

大企業の内部から、優れた社長を輩出できない理由

冨山 そう。再現性の勝負だから、天才なんかいないほうがよかった。日本の転機は、歴史的な不連続な事件が2つ立て続けに起きたことに起因します。ひとつは、ベルリンの壁崩壊と天安門事件。この結果、東欧圏と中国圏という、巨大な人口と人的資源を持っている経済圏が入ってきた。

 もうひとつは、デジタルトランスフォーメーションです。インターネット革命が起きて以降、幅広い世界で不連続な変化が起き、破壊的イノベーションの時代に入った。

 こうして新興国から破壊的な競争相手が出てきたり、産業的イノベーターも出てくるようになって、改良・改善を旨とした同質的で連続的な日本のモデルは、行き詰まってしまったんです。

北野 日本の社長のレベルは、上がったのか、下がったのか、どうなんでしょうか。

冨山 その議論は難しくて、結局わかりやすくいえば、種目が変わったんですよ。野球をやっていたのが、サッカーに変わったようなものなんです。野球がいくらうまくても、サッカーでは通用しない。なのに、野球モデルの社長で30年間引っ張ろうとしたことが、敗因なんです。

 

北野 わかりやすいですね。僕が最近思うのは「大企業の中で、経営者を目指す理由がない問題」というものです。もともと僕は高校時代に社会起業家として活動していたのですが、そこで得た「人間へのリアルな嗅覚」が経営をする上で一番役に立っている。大人に騙されそうになったり、手のひらを返されまくったり、人間ってこんなもんだな、ということがわかる経験をしていました。

 それで就職で大手広告代理店に入って、経営企画に配属されたんですが、経営戦略会議みたいな場に出てびっくりしたんです。その年、初めて会社が赤字になったんですが、危機感を訴えていた役員は一人だけで、あとは平然としていたんです。

 こんなことでいいのか、と思いましたが、冷静に考えてみるとそれもそうだな、と思いました。なぜなら、彼らは起業家ではないし、順当に出世してきた人たち。それぞれみんな、自分のシマがあって、そこは安泰なんです。しかも、もう役員ですから、いわば上がりポスト。新しいリスクなんてテイクする必要がない。あ、こんなもんなんだなぁ、とこのとき思ったんです。

 だから今も思うのは、そもそも若い人は経営者を社内から目指すインセンティブが少ないんじゃないかと。めちゃくちゃ大変だし、給料もたくさんもらえるわけじゃない。