『生(き)のみ生(き)のままで(上)』(綿矢りさ 著)

 生のみ生のままで、というタイトルは主人公の逢衣(あい)が、いかに自分を押さえつけ続けてきた社会のさまざまな枠組みから少しずつ自分を取り戻し、自分として生きていくかを表したものだと私は考えている。

 憧れの先輩である颯との結婚を望む逢衣が、リゾートホテルで颯の友人の琢磨と、その恋人である彩夏に出会う。百六十八センチの長身でスリムな美人だけれども、逢衣に対して非常に態度が悪い彩夏。なぜこれほど失礼なのか、その不思議さに引き込まれる。

 そして、二人が近づくための仕掛けがいろいろ冒頭からちりばめられており、彩夏のアプローチがうまくいくのかどうか、ワクワクがはじまる。

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 携帯電話ショップの店員だった逢衣が、彩夏から刺激を受けながら、「女だから、危ないことはしないように」という家族やまわりからの要請で、自分のいろいろな夢をあきらめ、結婚に逃げ込もうとしていたことに気づき始める。さらに悪質なクレーマーに悩まされていた逢衣に、単に辞めれば解決すると促す颯と、まったく違う方法で問題にアプローチした彩夏。これが、逢衣の気持ちを颯から彩夏に動かした決定的な違いであることがわかる。

 一人の有能な未来ある人材として扱ってくれている彩夏と、女だから、自分と結婚してショップを辞めれば解決すると考える颯。この違いは、同じ目に遭ったことがある女性であれば、どちらに惹かれるか、どちらとより一緒に人生を過ごしたいか決断する大きな分かれ目になるはずである。

 とうとう、彩夏から告白された逢衣が、相手を振り払う光景も容易に想像できる。これまで、女性と恋愛できる、あるいは、恋愛していいと思ったことも考えたこともなく、最初に違和感と嫌悪感しか立たないからだ。しかし、この告白以前にも、彩夏は少しずつ、逢衣には肉体的な接触をしかけてきている。言葉でどんなに拒否をしても、他人の目を引くほどの美人から渾身で好かれた場合、相手が女性であっても、拒否をできる女性はさほど多くないだろう。

 結婚間近だった颯と別れ、逢衣は彩夏と付き合うようになる。これでハッピーエンドかと思えば、次は芸能人という彩夏の仕事が二人の関係に影響を及ぼし始める。

 一年前の五月二十八日、私は女性と付き合っていることを公表した。当時は大きく騒がれ、ほぼすべてのテレビと新聞が報道したが、いまだにそんな取り扱いをするのは世界では日本くらいだ。また、もし同じニュースが今年や来年にあれば、そこまで誰も気に留めないだろう。

 私たちは一歩ずつ、「生のみ生のままで」生きる権利を取り戻しつつある。その視点からも、ぜひ、女性同士の恋愛を楽しんでもらいたい。

わたやりさ/1984年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒業。2001年、『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞、12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞を受賞。著書に『勝手にふるえてろ』『意識のリボン』など。

かつまかずよ/1968年、東京都生まれ。経済評論家。近著に『勝間式超コントロール思考』、共著『人生100年時代の稼ぎ方』。

生のみ生のままで 上

綿矢 りさ

集英社

2019年6月26日 発売

生のみ生のままで 下

綿矢 りさ

集英社

2019年6月26日 発売