コンプライアンス時代に”清廉潔白”として確立された「人気芸人」
おぐら 藤原紀香が陣内智則と結婚した2007年の時点で、モテ方面のブランディングは達成したとも言えますね。社会背景的なことでいうと、就職活動をはじめ、日常の人付き合いにおいても「コミュニケーション能力が大切」と言われ出した時期に、その能力の高さを発揮していたのが芸人です。芸人たちの闇営業問題が発覚したあと、昔の番組で上岡龍太郎が「芸人ちゅうのはなんやいうたら、落ちこぼれ人間です。社会のはみ出し者、アウトロー。いわば暴力団と一緒ですから。我々とヤクザは一緒」「芸人とヤクザが癒着したらいかん言うけど嘘。根が一緒やから癒着も何も」と語っている動画が共感を呼んで拡散されましたが、いまの時代の芸人像とは完全にかけ離れている。いま売れている芸人は、真面目で、誠実で、清潔で、優しくて、人当たりがよくて、コミュニケーション能力と自己プロデュース能力に長けている人たち。もし芸人になっていなかったら、一般の企業でも優秀なサラリーマンとして十分にやっていけるようなタイプ。これはコンプライアンスが叫ばれるようになった時代の要請からいっても必然です。
速水 高学歴の芸人もかなり増えてるし。
おぐら だからいまだに芸人に不良性を求めているのは、ロマンチック幻想とノスタルジーでしかないと思うんですよね。いまの時代、人間としてはめちゃくちゃだけど、ネタは抜群におもしろい、みたいな芸人は、熱狂的な一部の支持は集めることはあっても、大々的に売れることはありません。かつてのアウトロー的な芸人像を体現するような、破天荒で倫理観も欠如しているようなタイプは、メディアからも大衆からも敬遠されます。なんなら、ミュージシャンや俳優よりも、芸人のほうがよっぽど品行方正であることを求められているのが現状でしょう。これは収益構造の問題でもあるのですが、芸人がテレビを主戦場にしている以上、お金の出どころはスポンサーという名の企業です。
速水 ライブや映画なら観客からの直でギャラがもらえるけど、テレビのバラエティで活躍している芸人は、枠としては好感度タレントと一緒だもんね。反社との関わりだけじゃなく、不倫とかについても芸人のほうが許されない立場にいるよ。
おぐら 一方で「M-1グランプリ」や「キングオブコント」といったコンテストで勝ち上がるような、超絶技巧を身につけた芸人や、作家性の強いネタ、ハイコンテクストな笑いを追求するタイプも、数として多くは求められていない。
速水 決勝まで行ってもバイトを辞められない芸人がたくさんいる。
吉本が仕掛ける”芸人輸出プロジェクト”
おぐら そういった状況のなか、吉本が仕掛けたのが、47都道府県に吉本所属の芸人たちを実際に住まわせて、地域の情報発信を担うご当地タレントに育てる「よしもと住みます芸人」プロジェクトです。
速水 吉本に入ったあと、自分の出身地にUターンするってこと?
おぐら いや、違います。出身は関係ありません。縁もゆかりもない土地に行くんです。そのほうがむしろ地元に馴染みやすい。一度は故郷を捨てた人間よりも、新参者による「ここはいいところですね~」「これが地元の名産ですか? 初めて食べます~。うわ、おいしい~」みたいなリアクションが喜ばれるんですよ。地元の人たちとの交流においては、ネタの完成度や作家性は必要ない。となると、地方だけではなく、海外でも通用する。必要なのは、ハイコンテクストな笑いではなく、ローコンテクストな触れ合いですから。いまは国内にとどまらず、海外に移住する「住みます芸人」もいます。